page14「会議室にて」
「フローリングの傷痕から、爪のカスが採取された。愛流くんの睨んでいた通り、比較的新しいものだ。一応これからDNA鑑定にかけてみるが、ちゃんと結果が出るかはかなり怪しいところだろうね」
夢見市警察署の会議室にて、安田は折りたたみ式の机に腰掛けながら愛流に話していた。
今、この会議室には里奈と九十九、そして安田と愛流の四人だけがいた。
先ほど、沢良木家の殺人事件に関する捜査会議が行われた。そこで話し合った内容を、愛流に話しているのだ。
ただこの状況に、里奈は疑問を持たざるを得ない。
どうして他の刑事達を捜査に送り出し、自分と九十九だけは残るように命じたのだろう。
里奈はチラリと安田の顔に目をやった。夕日に照らされるその顔からは、いつもの陽気さはなくなっている。
「指紋は?」
「沢良木家以外のものは出てこなかった。おそらく犯人が拭き取ったんだろうな」
「手袋をしたままだと床に傷をつけれねぇしな。ちなみに、周囲の防犯カメラは?」
「なにぶん古い住宅街でね。沢良木家が映っているものはなかった」
「となると、これ以上は打つ手なしか」
「君でもさらなる推理を作り上げることはできないか」
「さすがに情報が少なすぎるからな」
椅子にもたれながら愛流は天井を見上げている。頭の後ろで手を組んでいる姿はお気楽にも取れるが、そうではないと里奈は知っていた。
いつも自信満々な愛流が、お手上げだと言っている。何よりさらに事件は起こると予測しているのだ。
表情にこそ出さないが、内心では焦っているのだろう。もし本当に大丈夫だと思っているのなら、そう言い切っているに違いないのだから。
「課長。改めて聞きますが、本当にこいつを捜査に加えるんですか?」
九十九が親指で愛流をさす。その顔には明らかな不満が浮かんでいた。
「まだ不満かい?」
「当然です。どんな理由があろうとも、一般人を巻き込むなんてありえないです。ましてや探偵などという、街のドブネズミを頼るなんて」
「ひでぇ言われよう」
愛流はどこ吹く風と言わんばかりに、ポケットからレモンキャンディを取りだしてそれを口に放り込んだ。
またかとは思いつつも、里奈は九十九が反対するのも仕方がないと思っていた。
里奈達はもう何度も愛流に捜査協力を依頼しているので慣れてはいるのだが、着任した九十九が受け入れるはずはないだろう。
「けど、君だって見ただろう。現場を見ただけで、彼は我々が把握した以上の状況を一気に推理した」
「そんなもの、いずれは警察だって到達できたことです。わざわざ評価するほどのことでもない」
「確かに、愛流君と同じ意見に、我々警察も到達することはできただろう。問題はスピードだ」
「スピード?」
九十九は嫌そうに顔を歪めた。
「そうだ。聞き込みなり科学捜査なりで現場の状況がしっかりとわかるまで、半日か一日はかかるかもしれない。それに対して愛流君はどうだ。現場を見て十分も経たないうちに殺害状況を割り出した」
「それは――」
「時間が経てば経つほど証拠は減っていき、犯人の逃走も許すことになる。ましてや、もし愛流君が言うように今回の事件に連続性があるのだとしたら、一分一秒でも早く解決する必要がある。つまり愛流君に頼るということは、それだけ事件を防いだり予防することにも繋がると、僕は考えているんだ」
そこまで言われて、九十九はようやく黙った。唇を噛んでいるところから何もかもに納得したというわけではなさそうだが、少なくとも今は愛流を外すという意見は控えることにしたのかもしれない。
「そっちの揉め事は終わった?」
対立の中心となっていた愛流は、他人事と言わんばかりに椅子にもたれかかっていた。前髪をいじり、退屈そうにしている。
里奈はそんな愛流の頭を軽く叩き、姿勢を正させた。
「とりあえず、俺は俺で調査していくぜ」
「あぁ、それで頼む。ただ君の調査についても共有はしてほしい」
「それはいいけど、どうやって? この会議室にやってくる? それともメッセージアプリ?」
「いや、明日にでも本庁から捜査一課の刑事達がやってくる。君のことが彼らにバレるのはまずい。かと言って、スマートフォンだとどこでウイルスに感染して情報が洩れるかわかったものじゃないからね」
安田の言葉に、里奈は大きく頷いた。
セキュリティソフトも日々進化しているとはいえ、コンピューターウイルスもそれに負けじと穴をついて来るのが現代た。どれだけ最新の注意を払っていたとしても、デジタル化した捜査データがいつどこで流出するかわかったものではない。現在取り扱っている事件となると、なおのこと慎重になるだろう。
「じゃあ、どうするのさ?」
「今後、愛流君は里奈と九十九の二人と情報共有をしてもらいたい。天馬先輩の店なり近くの公園なり、なるべく直接会って互いの捜査結果を報告し合うんだ」
「ちょっと待ってください!」
里奈はたまらず一歩前に出て手を挙げた。
「どうして九十九さんなんですか?」
九十九は夢見署に来たばかりで、愛流の参加には懐疑的だ。しかも周囲とコミュニケーションを取ろうとしない狂犬。
そんな男に愛流との情報共有役が勤まるとはとても思えない。なにより里奈自身、九十九を頼ろうとは全く思えないのだ。
しかし私情だけで通るほど、大人の話し合いは甘くはない。里奈は自分の感情を省きながら、そのことを安田に主張した。九十九も同意見だったらしく「右に同じく」とふてぶてしい態度を取っている。
しかし安田はゆっくりと首を横に振った。
「僕はこの二人が適任だと思っている」
「そんな――」
「悪いけど、僕も他の刑事達に次の指示を出しに行かなければならない。やり方やタイミングは任せるから、二人は今後の会議の内容や捜査で得た情報を、愛流君にも伝えるように。以上」
言うなり安田はそそくさと会議室を出て行ってしまった。取り残された里奈はどうしてよいかわからず、ポカンと口を開けて立ち尽くすしかない。
チラリと、隣の九十九に目をやった。不満を隠そうともせず「クソッ」と悪態を吐いている。
――そう言いたいのはこっちよ。
里奈はため息を吐いて、近くのテーブルに手を突いた。愛流が下から覗き込んできて、面白おかしいと言わんばかりに「大変だね」とからかってくる。
この三人が、上手く作動するとは思えない。里奈は今後に大きな不安を抱きながら、義弟を憂さ晴らしと言わんばかりに小突くしかできなかった。
(続)




