page15「再会」
愛流が警察署を出た時には、辺りはすっかり暗くなっていた。大きく伸びをしながら空を見上げる。街中にも関わらず、何百という星が輝いているのが見えた。
愛流は道路を挟んだ向かいの自宅へと向かう。この時間帯、陽子はいないはずだ。実際に店のシフト表も見たのだから。
今は午後の七時。茂が作成したシフトによると、陽子は三時から六時のバイトとのことだ。万が一残業したことも考え、一時間遅れて警察署を出た。その間、里奈と九十九の険悪なムードに巻き込まれることとなったが、端から見てる分には面白かったので、退屈はしなかった。
九十九という男は、里奈から聞いていた以上に偏屈な男らしい。愛流はあの髭面を思い浮かべる。
あのタイプは愛流の経験上、周囲と馴染むことは難しい。コミュ障だなんだという問題ではなく、そもそも自ら他者を拒絶しているのだ。その男とコンビを組むことになった里奈には、負担が大きいことだろう。
――安田のおっちゃんも、また変な挑戦をしたもんだ。
愛流は大きくため息を吐き、車道を渡る。
安田の狙いは、大まかなところ推測できた。
里奈は身内だろうが他人だろうが関係なく寄り添おうとする優しさがある。それに対し九十九は愛流の見たところ、自分の力で何でも解決しようとするタイプだ。
他者と関わりを持とうとする里奈と、他者を拒む九十九。相反する二人は、ある意味お互いの短所を補い合えるバディと言える。最初は上手くいかないだろうが、これをきっかけに今後は良い刺激を与えあえるコンビに化ける可能性がある。安田の考えていることは、概ねそんなところだろう。
――まぁ、押し付けられた側としては、たまったもんじゃないだろうけどな。
愛流は里奈の境遇に同情しながら、喫茶「私生活」のドアを開けた。軽やかな鈴の音が鼓膜を揺らす。
「おかえり、愛流。」
キッチンにおいて茂がコーヒーマシンを洗浄していた。店が閉まったのは三十分前。今は閉店作業中と言ったところだろう。
「もうちょっと早く帰ってくれば陽子ちゃんに会うこともできたのに」
「へぇ、そう」
素っ気ない調子で愛流は答える。シフト表を確認したことは、茂には知られていない。
「俺を陽子ちゃんに会わせるために、今日店を手伝えって言っていたわけ?」
「そんなつもりはないさ。それに金がないからここでバイトをさせてくれって言ったのは、愛流の方だろ」
「そうだけど、悪い。しばらくはこっちを手伝えそうにねぇ」
「市内で起きた殺人事件のことかい?」
急に茂の声のトーンが低くなった。細められた目は、こちらの真意を見抜こうとする鋭さがある。
――隠しても仕方がねぇか。
「まぁ、そういうこと。にしても早いな」
「ニュースでやってたからね。にしても、帰ってきて早々事件の調査に行くことになるとはね」
「まぁ、遅かれ早かれ安田のおっちゃんから依頼は来ただろうしさ。だったら早めにこっちでも色々と調べておいた方がいいだろう」
――何より、ちょっとでも金を稼いでおきたいしね。
そんな言葉が喉元まで出かかったが、愛流は何とか抑え込んだ。人が死んだ案件で金がどうこう言うのは、さすがに不謹慎だ。
「それじゃあ、陽子ちゃんにも声をかけておく必要があるね」
キッチンの閉め作業を終えた茂が、ホールへと出てくる。愛流は大きくため息を吐き、首を横に振った。
「んなわけねぇだろ。陽子ちゃんに声をかけるつもりはねぇよ」
「どうしてだい? 陽子ちゃんを、助手として受け入れたんだろ?」
「あれは俺の気の迷いってやつだ。陽子ちゃんを、また危険にさらす訳にはいかねぇ」
愛流の脳裏に、四か月前の事件がフラッシュバックされる。
あの時、陽子は犯人に包丁で刺されそうになった。何とか愛流が間に入ったことで大きな怪我はしなかったものの、一歩間違えれば命に関わっていたかもしれないのだ。そして陽子はその後、死体を見て嘔吐している。
怖さもつらさも大きかったに違いない。そんな思いを、二度と陽子に味わわせる訳にはいかないのだ。
「相変わらず、人を馬鹿にするのが好きなんですね」
突然飛んできた声に、愛流は息を大きく飲み込んだ。そして声がした方向に目を向ける。
陽子が、そこに立っていた。腰に手を当て、こちらを睨んでいる。
「陽子ちゃん、なんで――」
「コーヒー嫌いの愛流さんが、よくこんなところに隠れられましたね。まぁ他に身を隠せそうな場所はなさそうですけど」
愛流の言葉の続きを聞かず、陽子は自分のシャツの袖を嗅いだ。四か月前と比べ、髪が少し伸びたような気がする。しかし以前にはなかった余裕が、彼女の中に見えた。
そして陽子の言葉と背後にあるものを見て、愛流は瞬時に状況を察した。
陽子の後ろには、予備のコーヒー豆を入れた樽が置かれている。
昨日、愛流が陽子から隠れるために使用した場所だ。
つまり陽子は、昨日の意趣返しとして樽の裏側に隠れていたということだろう。愛流の姿を店から確認するなりカウンターの下に入り、タイミングを見計らって出てきた。
当然、陽子一人で仕組んだことではない。
愛流は自分の父親を睨みつけた。茂はどこ吹く風と言わんばかりに、薄ら笑いを口元に浮かべている。
「ハメたな、この狸」
「ちょっとした悪戯だよ。いつもの愛流なら、これぐらいのことはすぐに気付くと思ったんだけどね」
何がそんなにおかしいのか、茂は歯を見せて笑っている。愛流の中で苛立ちがさらに増幅した。
胸倉を掴んで一発殴ってやろうかと一歩踏み出す。しかしそれよりも早く「愛流さん!」と陽子に怒鳴られた。
(続)




