page12「不穏な予告」
「全く、着任したばかりのお巡りさんには、ちゃんと俺のことを説明しておいてよね。イケメン名探偵の愛流が来たら通すようにって」
「痛くて放浪癖のあるほぼニートでしょう、このバカ」
里奈は呆れながら愛流の頭を叩いた。愛流は頭を抑えながらも平然とした様子で沢良木家にあがる。下らない言い訳を並べてヘアキャップとシューズカバーをつけることを拒否されなくて良かったと、謎の安堵のため息を吐く。
まさか愛流がこんなにも早く関わってくるとは思ってもいなかった。予想外の事態ではあるが、好都合と言えるのかもしれない。
里奈が我が義弟を事件に巻き込むことに複雑な心境を抱いていると、愛流の前に九十九が立ち塞がった。
「待て」
「何?」
「何、じゃない。一般人がここに入ってきて言いわけがないだろう」
九十九のドスの利いた声にも、しかし愛流は動じない。呆れたと言わんばかりのため息を吐くと「だからだよ」と言って振り向く。
「俺のことを事前に説明しておかないから、こんなおっちゃんにもケンカを売られるんじゃないか」
「誰がおっちゃんだ」
「おっちゃんはおっちゃんでしょ。髭を生やすのはいいけど、整えた方がいいよ。無精ひげはモテないって」
「黙れと言っている!」
苛ついた九十九が、愛流につかみかかろうとした。しかし愛流はひらりとかわし、指を銃のような形にして九十九の頭に突き付ける。そして「バーン」と撃つフリをしておどけてみせた。
「もし俺が銃をもっていたら、あんた終わってたね」
「貴様――」
「はい、そこまで!」
見かねたのか、安田が険悪なムードの二人の間に入った。その光景を見ながら、里奈は大きくため息を吐いた。
何だか、さらに面倒な状況になったような気がする。
「彼に今まで捜査協力をしていたのは事実だ。事件の早期かつ確実な解決に貢献してくれている」
「そんなの、大問題ですよ」
「だから外部には内密に協力を要請していたんだ」
当然ながら、九十九が納得した様子はない。今にも食って掛からん目つきで愛流を睨んでいる。それは高橋も同じで、不審な目を愛流に向けていた。
二人が訝しむのも当然だった。実際、安田が問題行動をしていることに変わりはない。部下である里奈も、いつ本庁から呼び出しを食らうかと、常にヒヤヒヤしているのだ。
「ちなみに、彼は里奈の弟、つまり君がこだわっている天馬先輩の息子さんだ」
安田の言葉で、九十九の目の色が一瞬にして変わった。「こいつが」と呟くその顔には、先ほどまでの怪しむだけではない、好奇心の色が現れている。
――何だか、ムカつく。
愛流と差別化されたような気がして釈然とはしなかったが、不満を言うことも子供っぽいように思えて、里奈は黙っておくことにした。対して愛流は飄々とした様子で「血の繋がりはねぇけど」と呟く。
しかしそれだけでは完全に話を逸らすことはできなかったらしい。九十九は首を横に振り、再び愛流を睨みつける。
「だからと言って、部外者であることに変わりはない。さっさと出て行くんだ」
「にしても、ひどい有様だな。修繕するってなると、費用はいくらぐらいかかるんだろ」
「人の話を聞け!」
九十九が怒鳴りつけるが、愛流はどこ吹く風だ。この時ばかりは、里奈も九十九に同情した。
完全に愛流のペースに呑まれている。昨日はずっとムスッとしていた九十九が、ここまで感情を露わにしているのが何よりの証拠だ。だが一度ペースを崩された人間が、すぐに元に戻ることは難しい。
里奈は愛流が来てから十六年間、ずっと愛流のペースに巻き込まれ続けているのだから。
ため息を吐きつつも、里奈は先ほど刑事達に共有された発見時の状況と沢良木家の死体について愛流に説明した。
「――とまぁ、今把握できているのはこんな感じだけど、何かわかる?」
「質問が曖昧だな。もっと具体的に聞いてくれないと」
愛流が肩をすくめて見せた。里奈は反発する気力も失せ、義弟の戯言を聞き流す。
「いや、今回愛流君の力は必要ないよ」
安田がずぃっと前に出て言い切った。この態度に里奈は意表を突かれる。
いつもは率先して愛流に捜査協力を要請している安田が、今日に限ってここまで消極的なのは珍しい。
「やっぱりね、愛流君は一般人だし、下手に事件に巻き込み過ぎるのも良くないと思うんだよ、僕は。だからね、今回は僕ら警察自身の力で解決すべきだと思うから、君は家に帰って休んでなよ。ほら、長旅だったって聞いているし」
労うような笑みを浮かべながら安田が愛流の肩を揉んだ。言っていることは間違っていないのだが、安田の口から出ていることに里奈は不自然とも不気味とも言える奇妙なものを感じざるを得ない。
安田のこの豹変ぶりは、一体何だと言うのだ。
「何、金欠なの?」
愛流の言葉で安田の身体が固まった。気まずそうに愛流の肩から手を離して顔を逸らす。
明らかに図星の態度だった。
「安田のおっちゃんが、そんなまともなことを言うなんて、裏があるとしか思えないよなぁ。何、今財布の中ピンチ? ほら、正直に言ってみなよ」
愛流が安田と肩を組む。息子ほど年の離れた男に、しかし安田は機嫌を損ねた様子を見せない。むしろ顔を引きつらせていた。
「実はさ、今月に限って家族に見栄を張っちゃって、妻や娘に色々なものを買ったり食事に連れて行ったりしちゃったんだよね。そしたら、気付けばこれがかなり消えちゃってて」
言いながら安田は親指と人差し指をくっつけて、金のマークを作る。愛流は何度も頷きながら「そっかそっか」とニヤニヤしている。
刑事課長と一般人、どころか初老と若造の会話とは思えない。里奈は自分の周りにはどうしてまともな大人が少ないのだろうと嘆き、天を仰ぐしかなかった。
「まぁ、俺も金の亡者ってわけじゃない。今回は特別に依頼料を割引しようじゃないの」
「そう言いながら、結構なお金を吹っかけてくるんじゃないの? 君そういう強かなとこ、天馬先輩に似てるよね」
「そんなことないって。天下の警察の課長様が、金欠を理由に信念を曲げる姿を見たくないって、その一心で言っているに過ぎないよ」
「痛いところをつくなぁ」
安田がお手上げのポーズをしてみせる。どうやら折れたらしい。
こればっかりは里奈も安田をフォローすることはできなかった。彼の信念には共感できるが、そのために規則を破って愛流に頼る姿勢には疑問を覚えていた。
「ちゃんと割引しておいてよ」
念押しとばかりに安田が小さく言った。愛流は軽い調子で「わかってるって」と血みどろなリビングをグルッと見て回る。今さらになって、殺人現場で何の話をしているのだろうと思ってしまう。
「で、あんたはこの状況から、何を読み取れるわけ? もちろん、さっき伝えた情報以上のことね」
「あのなぁ、いくらイケメンで頭脳明晰な名々探偵でも、神様じゃないんだよ? 一瞬見て全てを把握できるわけないじゃん」
愛流が呆れたと言わんばかりのため息を吐いた。その舐め切った態度に腹は立つものの、里奈は黙っていることにする。
どうせ口で何を言っても、聞き流すのだから。
「まぁわかることと言えば、犯人は百七十センチメートル前後の身長。配送員の振りをしてこの家にやって来た。おそらく今回が初犯。言うまでもないだろうけど、一番のターゲットは沢良木七海ちゃん。動機は快楽もしくは怨恨のいずれかだろうけど、俺は後者だと思うね」
まるでカンニングペーパーでも読んでいるかのように、スラスラと愛流は自分の考えを口に出していった。その途端、ずっと仏頂面だった九十九が呆けたように口を開ける。
「どうして、そこまで言い切れるんだ?」
「両親の傷口の角度、そして壁に貼りついた血の位置から、身長はある程度割り出すことができるだろ。実際タブレットの中には、二人の身長も書かれてたし」
「だが、配送員っていうのは?」
「死亡推定時刻からさ」
そう言われても、里奈にはイマイチわからなかった。愛流は人差し指を立てて、その場にいる全員を見回す。
「三人が死亡したのは、夜の八時から十二時の間って検視した先生が言っていたんだろ? その時間帯に身内以外の人間が訪問するってなると、俺には宅配以外考えられないな。おまけに昨日は最悪な雨。合羽を着るなり帽子を被るなり、顔を自然と隠す方法はいくらでもある」
「友人や親族が客として来たって可能性もあるだろ」
「だったらリビングでまとめて殺せばいい。玄関で千穂が殺されている点から、犯人は夜中に訪れ、玄関は開けてもリビングまでは通さない人種と考えられる」
「それで配送員と言い切ったわけか」
九十九が考え込むように唸った。顎を擦り、愛流の推理を噛みしめているように見える。
確かに愛流の言葉には十分な説得力があった。しかし配送員を装ったとなると、果たして親族や交流から容疑者を絞り込めるか、不安になる。
「じゃあ、どうして犯人は七海さんを恨んでいるって断言できるの? 確かに両親と違って、ひどい殺され方だったけど――」
里奈の質問に答える代わりに、愛流はフローリングの一点を指さした。沢良木七海の死体が転がっていた場所の前だ。一同は一斉に屈みこんでそこを注視する。
「ここ。床に新しいひっかき傷があるだろ。ちゃんと写真も保存されていた」
確かに愛流の言う通り、そこには五本の縦長な傷がついていた。
タブレットの中に写真があったことには驚いたが、おそらく七海の死亡状況に引っ張られ、見落としてしまっていたのだろう。
「死亡時の姿勢から、犯人は七海ちゃんのすぐ側にいたんだ。七海ちゃんは、その犯人に助けを求めようとした。他に誰もいないんだ。死を直前にして、なりふり構っていられなかったんだろうね」
「じゃあ、これは七海さんが?」
「いや、それも違う。七海ちゃんの死体とこの傷は、わずかにだが離れている。ざっと五センチから六センチメートルってところかな。伸びた血からも、これが七海ちゃんのものとは考えにくい」
改めて見てみると、確かに愛流の言う通りだった。床の傷は七海が伸ばした手の延長線上にある。傷の周囲に血痕が付着していないことからも、確かに七海のものではないのだろう。
「じゃあ、これは?」
「おそらく犯人がつけたものだ。フローリングに傷をつけるなんて、よっぽど興奮していたんだろうね。で、痛みを感じてすぐに我に返り、慌てて手を引っ込めた。犯人の血こそ付着していないように見えるけど、ルミノール反応を調べてみる価値はあると思うよ。そうじゃなくても、犯人の爪の欠片なり皮膚なりが付着している可能性は高い」
「高橋くん! 鑑識にこの傷も調べたか聞いてくるんだ!」
安田の命令に高橋は慌てて立ち上がり、外に向かって駆け出して行った。
「でも、それがどうして快楽殺人によるものじゃなくて、怨恨によるものだって言い切れるの? しかもあんた、これが初犯だって言ったわよね?」
里奈は疑問に感じたことを口にした。
確かに愛流の推理には納得している。しかしその具体的な根拠はやはり知っておきたいところだ。
「この犯人には、余裕がなさ過ぎるんだよ。死体の処理もしくは隠蔽も行われていない。しかもこの傷の周辺に家具が置かれていないことから、犯人は膝をつき、前のめりになって七海ちゃんの死ぬ様を見ていたことになる。もし余裕のある快楽犯なら、椅子やソファに座ってリラックスした状態で観察していただろう。なにより――」
そこで愛流は言葉を切った。大きく息を吸い、髪をかき上げる。
「殺人のペースが乱れている」
「ペース?」
「両親は機械的に殺した――というより、なるべく動揺しないよう意識しながら最低限かつ計画的に殺したと思われるのに、七海ちゃんへの犯行だけは苦しめて死ぬよう、かなり徹底している。このことからも、七海ちゃんだけは必ず苦しめて殺すという殺意がうかがえる。もし何度も趣味感覚で人を殺してきた愉快犯によるものなら、七海ちゃんだけをどこかに呼び出して殺すとか、両親のいない時間帯を調べて侵入するとか、ターゲット以外はなるべく殺さないように済ませるだろう」
「それが初犯で怨恨目的だって言う根拠なわけね」
「でも今の俺の考え通りなら、かなり厄介なことではある」
そう言った瞬間、愛流の顔から表情が消えた。額からは冷や汗を流し、苛立たしそうにこめかみを何度も指で叩いている。
「厄介なことって?」
「この犯人には、自分の犯行を隠そうっていう意思が全く感じられない。自分の身がバレようがどうでもいいと言わんばかりの、いわば捨て身だ。どんな恨みを持っているかは知らないけど、今回だけで終わらせるとは思えねぇ」
「それって――」
「たぶん、また同じような犯行が行われる。それもそう遠くないうちに」
里奈は背筋が凍るのを感じた。
(続)




