8:怪しい攻略対象
「――おはよう、寝坊助」
「……!?」
目を覚ます。
そこには、可愛らしい寝起きの少女――はおらず。
「シャルル様、その姿……!」
制服を身にまといしゃんと立っている、男性のシャルルの姿があった。
(男性の姿……ってことは、呪いは解けたの?)
目を瞬かせる私を見て、シャルルは嘆息する。
「残念だが、呪いが解けたわけではない」
「え? じゃあ……」
「魔法で姿形を上書きしているんだ。根本的な解決にはなっていないし、それなりに魔力は使うが……まあ、休み休み過ごせばどうにかなるだろう」
シャルルは、昨夜私が眠ってからはその確認作業をしていたらしい。
(でも、魔法を維持し続けるのってかなりの負担なんじゃ……)
「数日くらいなら休んでもいい気もしますけど……」
「公爵家次期当主たるもの、そういうわけにもいかない。何より、学校が所蔵する書架には希少なものが多く、呪いを解く手立てになるかもしれないんだ」
「! なるほど……」
「それに、ここよりもかえって学校のほうが安全だろう。……というわけで、早く支度するといい。まさかこの私を遅刻へ共連れするつもりかな?」
「あっ、急ぎます……!」
呆れるシャルルから離れ、私は慌てて身支度を済ませるのだった。
*****
城かと見間違うほどの豪奢な校舎へ入った後。シャルルとはクラスが違うため、自分が向かうべき教室へ足を踏み入れる。
(わあ、下位クラスでも、ゲームで見たのとほとんど同じ教室……!)
「おはようございます、アッシュフォードさん」
「あっ、ええ。おはようございます……」
クラスメイトらしい女子生徒たちから挨拶を受ける。
(サラとクラスメイトとの関係は、普通に良好だったみたい)
少しほっとしながら、どこへ座ればいいのだろうかと周囲を見回す。
(ゲーム本編だと、大学みたいに好きな席に座っていたはずだけど)
すると、厚いレンズの眼鏡をかけた男子生徒に声をかけられた。
「ねえ、隣に座りなよ」
「え……」
(……サラと親しい人だったのかな?)
焦がしたキャラメルのような茶髪を綿菓子のようにふわふわと跳ねさせた、あまり貴族然とはしていない容貌だけど――
(断る理由もないし、何より拒否したら不自然だよね)
「……はい、失礼します」
素直に隣へ腰かけると、彼はじっと私の顔を覗き込んできた。
「あ、あの……?」
「……同じ馬車から来るなんて、随分シャルルと仲良くなったみたいじゃない、婚約者ちゃん?」
「えっ――」
甘やかな声とともに、分厚いレンズでよく見えないはずの青い瞳がきらっと光る。
(学校から離れた位置で馬車を降りたはずなのに……どうしてこの人はシャルルと来たことを知ってるの?)
背筋がぞくっとする。
けれど、理由を問いかける前に教師らしき人物が教室へと入ってきて――
「おはよう、諸君。実はこのクラスに転入生が入ったので紹介しよう」
(……転入生?)
貴族ならほぼ全員入学義務のあるこの学校に、途中から転入してくる生徒はごく少ない。
珍しく思っていると、教師は頭をぽりぽりとかいた。
「と、その予定だったんだが……急な体調不良で登校は明日以降になるそうだ。新しいクラスメイトを受け入れる心構えだけしておいてくれ」
(……何となく気になる。念のために、あとでシャルルに伝えに行こう――)
*****
――そして、昼休み。
(はあ。授業の内容、ほとんどわからなかったな……)
下位クラスとは言え、ゲームで見ていた知識しかない私にはちんぷんかんぷんだった。
実技や当てられることがなかっただけ、まだマシだったけれど。
(帰ったら勉強しないと)
そんなことを思いつつ、シャルルがいる上位クラスへ向かおうと廊下を歩く。
けれど……あまりにも校舎が広いため、自分が今どこにいるのかさえわからなくなってしまった。
(ま、迷子になっちゃった……?)
焦っていると、誰かに背後から肩を叩かれた。
「サラちゃん」
「……っ!?」
振り返った先にいたのは、クラスで隣の席に座っていたクラスメイト。
(どうして、この人がここに――)
「シャルルを探してるんでしょう? 僕なら居場所がわかるよ」
「!」
(なんで、シャルルを探してるってわかるの?)
ぞくりとして後ずさる。
「――ああ、警戒しないで」
その間、アーサーは余裕げな態度とともに指を弾いた。
「大丈夫、怪しい者じゃないから」
「……!」
彼がそう言った瞬間、髪はさらさらと黒く変化し、眼鏡もどこかへ消えてしまって――
黒髪にサファイアのような瞳がよく似合う、絶世の美青年が現れた。
(この人――)
「僕はアーサー、シャルルの親友だよ」
(攻略対象の、公爵家次男のアーサー・トンプソン……!)
公爵家、と言いつつ実は王族の血を引いている青年だ。
彼は公爵家としての地位も王族の血も疎ましく思っており、作家として大成することだけを夢見ているものの――意志に反し、後継者争いに巻き込まれていく。
(でも、どうして……)
「……アーサー様は、下位クラスの生徒じゃありませんよね? どうしてあのクラスに……?」
「あははっ、ちょっと潜入取材をしたくてさ。偶然、君とシャルルが一緒に登校するところを見ちゃったものだから――恋愛小説のネタになるかなって。それで、みんなの認知を魔法で歪ませて紛れ込んじゃった」
(そ、そんなことのために?)
彼は自ルートでは決して悪いキャラじゃなかった。
でも、他ルートだと悪人とまでは言わずともキャラたちをかく乱するような立ち位置で登場する。
(……怪しい、なんて思ったらよくないかな。でも、このタイミングだと……)
「でもさ、変なんだよね」
アーサーは私へ一歩近づく。
「へ、変って……?」
「僕、君には何の魔法もかけてないんだよ。それなのに、どうして知らないクラスメイトがいても怪しまなかったのかってさ」
「……!」
アーサーの海のように青い瞳が、私の瞳をじっと見つめる。
「ねえ、教えてくれる? 君がシャルルと急接近した理由と、何か関係があるのかな」
「そ、れは――」
ごくりと息を呑む。
転生についても、シャルルの呪いについても、信頼のおけない相手に容易に明かすべきじゃない。
そう思い、どうにかその場から逃れられないかと考えた時――
「――婚約者殿に、何をしている?」




