9:どうしても結ばれない運命
「シャルル様……!」
アーサーに迫られる私の元へ来てくれたのは、他でもないシャルルだった。
「やあ、シャルル。そう怖い顔をしなくてもおかしな真似はしていないよ。親友の婚約者に手を出すわけもないのだし」
「だが、婚約者殿は怯えているようだ。……貴様が何かしたとしか思えないのだが」
「……強いて言うのなら、どうして君と急接近したのか、謎を解き明かしたくてね。ほんの少し迫ってしまっただけだよ」
「……くだらないことを」
シャルルは呆れたように息を吐くと、まっすぐ私へ近づいてきてくれる。
「怖かったな」
「……!」
ぽすんと頭を撫でられた。まるで、兄が妹へするように。
「色気がないなあ、それじゃシャーロットちゃんへするのと同じじゃない」
「うるさい。それより、妙な探究心を彼女へぶつけるな。貴様が書く恋愛小説の糧にさせるつもりはないぞ」
「ええ、ひどいなあ」
「ひどいものか。……婚約者殿、奴は己の好奇心がゆえに人の不安を煽るところがあるが……悪人ではないからな。あまり怯えなくていい」
「ネガティブキャンペーンだ!」
「すべて真実だ」
気やすい仲同士ならではの会話が、目の前で繰り広げられる。
(アーサーは……本当に、悪い人ってわけじゃないのかな? 少なくともシャルルは気安くしてるみたいだし)
「急接近した理由、などくだらない。婚約者同士の距離が縮むことに何の問題もあるものか」
「いや、そりゃ何の問題もないけど。今まではろくな進展もなさそうだったから……」
「他人の関係性の進展を気にするな、気色が悪い」
「ひどっ!? いくら何でもその言い草!」
ぽんぽんと飛び交う軽口の応酬を聞いていると、やがてシャルルの異変に気が付く。
「…………」
(顔色が悪い? もしかして、ずっと魔法で姿を変えてるから――)
「シャルル様……!」
私が彼の名前を呼んだ瞬間、シャルルはこちらを向く。そして、私の腕を軽く引いて――
「アーサー、私は忙しい。疾く去ってくれ」
「え……」
そのままシャルル様は近くの空き教室へ私を引き込むと、魔法で鍵をかけてしまう。がちゃんと音がした瞬間、アーサー様が戸惑うように息を吸う音が聞こえた。
それと同時に――
「はあっ……」
「……!」
シャルルが私の胸へ寄りかかる。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
「ああ。だが、ギリギリだったな……」
その呟きとともに、姿を上書きする魔法は解けたようで、長い髪がふわりと揺れる。
「……あの馬鹿はようやく諦めたか」
「そう、みたいですね……?」
廊下にアーサーの気配はない。諦めて、どこかへと去ったようだった。
「すみません、シャルル様の親友とトラブルを起こすつもりはなかったんですが……」
「不審な挙動をしたのは向こうなのだろう。気にする必要はない」
だが、とシャルルは会話をちぎる。
「もし、昨日の襲撃の犯人として疑っているのなら、それは恐らく違う」
「そうなんですか……?」
「君、ないしは私を襲う理由がない。……創作のネタにしたいなどというふざけたことを言い出す可能性はゼロではないが――」
シャルルの菫色の瞳は、私の姿を映す。
「昨日の魔法の痕跡からは、微かに悪意が感じ取れた。……侯爵家か公爵家、ないしは君か私を恨む人間の犯行だと思う」
「……!」
「家柄を鑑みるに、私も君も人の恨みをまるきり買わないとは言えないだろうが……。何か心当たりはないか?」
「心当たり……」
私自身にはない。かと言って、周囲の反応を見る限り、サラにもありそうには思えないけれど――
(……でも、なんだろう。何かが引っかかるような……)
「……まあいい。今はとりあえず、性別転換の魔法に関しての資料を漁っている。進展を待っていてくれ」
「! 私も手伝います、だって私のせい――」
「ではないが。人手があるのは助かる、放課後から頼むとしよう」
「はい!」
「……それでは、そろそろ――」
シャルルが私から離れようとする。けれど、彼の体はいまだにふらついているようだった。
「まだ疲れているなら、無理しないでください。遠慮なく寄りかかっていていいですよ」
「ああ……いや。もう十分だから……」
「十分ではないでしょう、ほら」
「!」
心配になって、シャルルの頭を胸へ引き寄せる。
「楽になるまでこうしていてください」
「…………」
シャルルは一瞬黙ると、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……昨日から思っていたんだが。君は私をなんだと思っている?」
「え……」
「今はこのようななりだが、私と君は男女だ。――こうして近づいても、何も感じないのか?」
「……!」
シャルルが私の顎を掴む。唇が触れてしまいそうなほどの距離に、彼の顔があった。
「そ、れは……」
(頭が回ってなかっただけで、どきどきするに決まってるけど……!)
「黙っていないで、答えたらどうだ」
「……っ、そういうシャルル様はどうなんですか? 特に変わらないようですけど……」
誤魔化すようにそんな返答をする。
「変わらない?」
シャルルはむっと眉根を寄せると、突然魔法で男性の姿へと変わり――
「!」
「変わらないわけがないだろう。……私が公爵家の名と誇りを背負っていなければ、とうに手を出している」
「え……!?」
「……とまでは言わないが」
(あっ、嘘なんだ……!?)
一瞬でも本当のことかと思ってどきどきしかけた自分が恥ずかしくなる。けれど、頬を熱くする私を見ながらシャルルは言った。
「それなりに心はかき乱されている。……君のせいでな」
「……!」
「――さあ、今度こそ問題ない。次の授業が始まってしまうから行こう」
身なりを軽く整えたシャルルは、すぐに私から離れて歩いて行ってしまう。けれど……私はどきどきで気が気ではなかった。
*****
その日の放課後。シャルルと学内にある書架で待ち合わせているため、慌てて向かおうとする。
(授業が長引いて遅れちゃった……。待たせてないといいな)
昼休みのことを思い返すと、シャルルに会うのはどうにも気恥ずかしいけれど……。
(……変に意識しないようにしよう。そうだ、アーサーが最後までうちのクラスで授業を受けてた話でもして――)
気を紛らわそうと、そう思っていた時のことだった。
「――邪魔をしてるのは、あなたね?」
「……っ?」
香水を頭からかぶった時のような、甘ったるさを感じる声。背筋が冷たくなる感覚を抱きながら、ゆっくりと振り返る。
(誰……?)
そこにいたのは、栗色の髪を赤いリボンで一つにまとめた可愛らしい少女だった。彼女の顔を見た瞬間、私は強烈な既視感を抱く。
(私……彼女を知ってる?)
でも、こんな少女はゲームでは見たことがないはず。主人公のシャーロットでなければ、サブキャラクターの女性キャラたちでもないのだから。
――じゃあ、彼女は誰?
なぜか、体が熱病に侵された時のようにぞくぞくする。嫌な予感を全身で抱いているように。
「おかしいのよ、シャルルに婚約者がまだいるなんて……。物語開始時点で、彼と侯爵家令嬢の婚約は破談になっているはずなのに!」
「え……」
(……この子は、何を言ってるんだろう)
物語開始時点、なんてまるで私と同じ転生者のような表現をしている。
(ううん、もしかして本当に転生者なんじゃ……。転生してるのが私だけとは限らないんだから)
いや、もしそうだとして。ゲーム開始時点で婚約の破談、という設定は本編のどこにも出てきていなかった。
少女は目を吊り上げながら私へ近づくと、憎悪の感情を露にする。
「あなた、転生者? ……それで物語を捻じ曲げたんでしょう」
「!」
(転生者……。その言葉を知ってるってことは、この子もやっぱりそうなんだ……!)
「答えなさい!」
迫力に気圧されて、おずおずと答える。
「……っ、確かに転生者だけど、物語を捻じ曲げるようなことは何も……」
「嘘よ。そうじゃなければ……続編ヒロインである私の転入までに、シャルルがフリーになっていないなんてありえないもの」
「……?」
(続編? ヒロイン? シャルルがフリーに……?)
その言葉を聞いた瞬間、転生前の記憶が一気に溢れかえる。
(そうだ……転生前に感じたいいこと。あれは――)
『魔法使いと飴玉の世界』続編の発表。そして……。
「――続編ヒロインとして言うわ。非攻略対象から攻略対象へ格上げされたシャルル・ウォーレルを解放して頂戴」
――シャルルが、非攻略対象から攻略対象へ格上げされたから。
(じゃあ……シャルルと結ばれるのは、婚約者のサラじゃなく、続編のヒロインであるこの子?)
『人間、誰しも取り柄があるものさ。少なくとも、今日の君には何度も驚かされたが、愉快と言えば愉快だったし』
『人生を共にするんだ。これまではよく知らなかったけれど、長い時間をかけて君の長所を見出していこう。……そして君も、私のよいところを見つけていってほしい』
ああ、やっぱり――
私は、神様に嫌われているのだとしか思えない。




