5:不名誉な誤解
「――シャーロットが家へ戻ってきた時はひどかった。無事に娘が帰ってきたことを喜ぶだけならさぞや微笑ましかっただろうが」
こっそりと私の部屋へ移動した後、シャルルは両親への不満を吐き出すように言った。
「もし無事に生きていたのなら着せたかったドレスを買い続けていたのだとかなんだとかで、あの子を数か月に渡って着せ替え人形のようにしていたよ」
「な、なるほど……」
「……もっとも、あの子がレオンハルト第二王子と婚約して、彼の元で花嫁修業するようになってからは落ち着いたけれどね」
「!」
(レオンハルト第二王子――『魔法使いと飴玉の世界』のメインヒーローだよね? じゃあ、シャーロットはレオンハルトルートをクリアしてるんだ……!)
レオンハルトルートでは、王家に生まれながら第一王子である兄に勝てず、王になれない劣等感に苛まれていた彼をシャーロットが慰め、救うことによってエンディングを迎える。
(今はハッピーエンドのその先……もう、ゲーム本編からは外れた世界ってことだよね)
であれば、未来を先に読んで立ち振る舞うことはできない。
なんにせよ、シャルルにかけられた魔法はゲーム本編では出てきていなかったものなので、どうしようもないのだけど。
「そんな中、女性となった私が帰宅すればどうなると思う?」
「まず、心配されるのでは……」
「うちの両親がそんな繊細なものか。第二の着せ替え人形にされるに決まっているだろう」
(そう、なのかな……?)
ゲームの内容を思い返してみると、確かに爵位のわりに陽気で気さくな人たちだったような気はするけれど……。
さすがに、次期当主の身を案じるのでは? と疑問を抱いている私を見てシャルルは小さく息をついた。
「心配はしないさ。公爵家の次期当主たるもの、己の身は己でどうにかせよと言われるだけだろうね。……元よりそのつもりだから一向に構わないが」
「そういうものなんですね……」
さすがは公爵家。和やかなように見えてなかなかスパルタらしい。
「というわけで、いったん今の状況について両親に報告するつもりはない。……襲撃犯やこの魔法についての調査も、私の使い魔と腹心を中心に任せるつもりだ」
そう言って、一区切りつけるとシャルルは菫色の瞳を私へ向けた。
「結界を張ったとはいえ、侯爵家の守りも不安だ。君の両親は、旅行で本宅にも別邸にも一月ほど帰らないと聞いている。今から連絡を取ったとしてもそう簡単には戻ってこられないだろう」
(あ、そうなんだ……)
よく知らない両親と対面する勇気はまだなかったので、少しだけほっとする。
「だから、しばらく私をここへ泊めてほしい。ただし、私のこの姿は誰にもばれないように」
「誰にもって……使用人たちにもですか?」
「ああ」
「それは、なかなか難しいんじゃ……」
さすが侯爵家というだけあって、邸宅内に使用人の数は多い。ここは王都から近い別邸だと聞いたので、本宅ほどではないのだろうけど――
「そこは、君の力でどうにかしてくれ。……何でもすると言っただろう?」
「うっ……」
言った。それに、シャルルの力になりたいのは本当だ。
「……わかりました、どうにかできないか計らってみます。とりあえず、今日は私の部屋で過ごしてもらったほうがいいかもしれませんね」
(他の部屋のことは、まだよくわからないし……)
「君の部屋? ……いや、他にも部屋はいくらでもあるんじゃ――」
「……失礼いたします。サラ様、移動されたようでしたのでこちらへお茶をお持ちしたのですが……」
「! ちょうど使用人が来たようなので、説明してきますね」
「おい――」
部屋の外へ出て、少し驚いた顔をしているレイと対峙する。
「あの……? よろしければお部屋へお持ちしますが……」
「ううん、部屋には入らないでほしいの。それとその……シャルル様をしばらくうちへお泊めしたくてね」
「えっ……」
「ただ、なるべく二人きりで過ごしたいから……こちらから呼びに行かない限りは部屋へ近づかないでもらいたいの。……お願いできる?」
「……!」
レイは大きく目を見開くと、慌てたようにこくこくと何度も頷いた。
「か、かしこまりました。他の者にもそのように伝えます」
「ありがとう!」
「いえ……。その、旦那様はお喜びになるでしょうが……あまりご無理はなさらないでくださいね」
「えっ?」
「諸々の準備をいたしますので、失礼します」
レイは頭を下げると、そそくさとその場を去っていった。
(なんだろう、反応が妙だったような……)
とりあえず部屋の中へ戻ると、顔を真っ赤にしてこちらを見ているシャルル様がいた。
「なんだ、あの説明は! とんでもない誤解を生んでいるだろう、絶対……!」
「誤解?」
「……っ、はあ……」
何を言っているのかよくわからず首を傾げると、シャルル様はへなへなと地面にへたり込んでしまった。飴細工のごとき美しい長髪が地面についてしまう。
「シャ、シャルル様……!? 大丈夫ですか? もしかしてお体が……」
「体じゃない、矜持の問題だ。……公爵家の次期当主が、とんでもない獣だと思われないことを切に願っているよ」
シャルルはぶつぶつと魂が抜けたように呟く。
結局、彼が言っていることの意味は最後までわからなかった。




