3:最悪の魔法
「ご体調が優れないところ申し訳ございません。実は、シャルル様がこちらへ戻られまして。サラ様とお話がしたいと言っているんです」
「……はい?」
たった一時間ほど前に帰っていったはずのシャルルが、なぜか侯爵家へ舞い戻ってきたらしい。
「それもよほどお急ぎだったようで、従者の方は置いておひとりで来られたと」
(な、なんで? 何かあったのかな……?)
「サラ様のご体調が心配ですし、今は難しいとお伝えしましょうか」
レイは心配そうに言ってくれる。
(正直、会う心構えは全くできてないけど……)
多忙らしい彼がわざわざ戻ってくるからには、相応の理由があるとしか思えない。
(まさか転生がバレてたり……。いや、それはいくら何でもありえないよね?)
「……いいえ、会うわ。身支度を手伝ってもらえるかしら?」
「はい、もちろんです」
とりあえず、レイに身綺麗にしてもらってから彼へ会いに向かう。
(冷静に、もう失神したりしないように……!)
大きく息を吸い込んでから、客室のドアをゆっくりと開ける。そこには――
「――気分が優れないところ、再び押しかけてしまって申し訳ない」
彫像なのではないかと思うほど美しいシャルルが、恭しく頭を下げて立っていた。
「い、いえいえいえ! 頭を上げてください……! 私なんかに頭を下げたらいけません!」
「……思いのほか元気そうだな。何よりだが」
(しまった、オタク全開になっちゃった……)
シャルルはちょっと呆れたような顔をしながら、ソファへと腰かける。
「実は帰宅途中、私の使い魔からきな臭い情報を得てね」
「きな臭い情報、と言うと……」
(転生の件ではありませんように……!)
軽く身構えるけれど、シャルルの綺麗な唇から出たのはまったく違う話だった。
「侯爵家の邸宅の周辺を、何者が探っていたらしい。……それ以上のことはまだわかっていないが、念のためすぐ伝えておくべきだと思ってな」
「この家の周辺を……」
転生の自覚が出たばかりでまったくぴんとは来ないけれど、なんだか嫌な話だ。
(侯爵家は身分の高い家だろうから……狙う人間がいるのかもしれない)
「……ありがとうございます、家の者に伝えておきますね」
「ああ」
(こうしてわざわざ案じてくれるあたり、サラとシャルルの仲はそれなりに良好だったのかな)
だとしたら、もう少し何気ない会話をしてみたり――と思ったのだけど。
「では、用件が済んだので失礼しよう」
シャルルはしゃんと立ち上がり、その場から立ち去ろうとする。
「えっ」
思わず短く声を上げると、シャルルは眉根を寄せながらこちらを見た。
「……なんだ」
「あっ、いえ。せっかくなら少しお話でもと思ったりしたのですが。私の体調も治りましたし……?」
「へえ。君から私との会話を望むなど珍しいこともあったものだね。……いつもはつまらなさそうに下を向いてばかりだというのに」
「えっ」
二度目の「えっ」が出てしまった。
(ぜ、全然仲良くなかったんだ。それに、サラはシャルルを嫌ってた……?)
……いや。慎み深い恥ずかしがり屋な令嬢だったとしたら、照れていたり、気後れしていただけかもしれない。
シャルルは公爵家の次期当主かつ、とんでもない美貌の持ち主なんだから。
「すみません……。もちろん、ご迷惑なら帰っていただいて結構なので……」
「……別に迷惑だとは言っていないだろう。ただ、私は――」
シャルルが何かを答えようとしてくれた、その時だった。
「……! 伏せろ!」
「え……!?」
向かいに座っていたシャルルが、テーブルを踏み越え、私をソファの上に押し倒す。
それと同時に、客間はきらっと小さなきらめきを放って――
「……っ!」
「シャルル様……?」
私の上で、シャルルが小さく呻いた。
「シャルル様!」
「……喚くな」
心配で声を上げる私に、シャルルはかすれた声で答えた。
「窓の外から、攻撃魔法の波動を感じた」
「!」
「……微かに食らった気配があったのだが、運よく異変はなさそ……」
シャルルはゆっくりと身体を持ち上げる。
美しい彼が間近に迫るのを見て、私は固まってしまった。
彼の顔の美しさそのものにじゃない。彼に起こっている『とある異変』に気が付いたものだから――
「シャ、シャ、シャルル様……!」
「……ん?」
青ざめる私を見て、シャルルは怪訝そうな顔をする。
けれどやがて、ゆっくりと自身の身体に視線を下ろし……。
「――は?」
自身の胸元を見て、固まった。
華奢ながら、引き締まった身体をしていたはずの彼の胸元に……柔らかなふくらみができていたから。
「なんだ、これは」
シャルルは明らかに動揺した様子で、頭を掻こうとする。
すると今度は、飴細工のようなブロンドが、腰のあたりまで長く伸びていることに気が付いたようで――
「……おい、サラ・アッシュフォード」
「は、はい」
「私の身体に起きている異変を、君の目から見て言ってみろ」
「そ、それは……」
自分でもまだ、目の前で起きている異変が信じられない。
けれど、シャルルの促すような目を見て、私は震える唇を開き……。
「シ、シャルル様が、女性の姿になっています……」
「…………」
あまりにも奇想天外で、残酷な事実を告げた。
(転生してシャルルと婚約者になれたんだから、もしかしたらこの世界では好きな人と幸せに結ばれるのかもしれない、なんて思った)
(それなのに――)
……ああ。きっと神様は、私のことがどうしようもなく嫌いなんだろう。
「……最悪だ」
こんなイレギュラー極まりない方法を使ってまで、私の恋を邪魔しようとするんだから。




