2:状況を整理しよう
再び意識が浮上した時、私はふかふかなベッドの上で寝ていた。
どうやらここは侯爵家にある、サラ――私の部屋らしい。
お付きのメイドだというレイは、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた後、シャルルについて尋ねる私に教えてくれた。
「シャルル様なら、仕事があるそうで帰られました。ですが、去り際までサラ様のお体を案じられていましたよ」
「そ、そう……」
(やっぱり、シャルルは実在したんだ。夢なんかじゃなく――)
……いや、やけに煌びやかな部屋で目覚めてお付きのメイドまでいた時点で、これが現実であるらしいことはわかっていたけれど。
(本当に、何がどうしてこうなったの? いつも通り会社で深夜残業して、疲れ果てて帰ろうとしてたはずなんだけど……)
その後のことが、どうしてもうまく思い出せない。
(何か、すごくいいことがあったような気はする。でも、それがなんだったのかさえ思い出せない)
これがいわゆる異世界転生というやつなら、私は事故で死んでしまったのだろうか。なんだかいまいち実感がないけれど。
(両親はもう亡くなってるし、恋人なんていなかったから……。悲しむ人間がいないところだけは救いかな)
そう無理やり気持ちに区切りをつけてから、今後のことを考えようとする。
(自分が侯爵家の令嬢で、シャルルの婚約者だってことはわかった。今はとにかく、それ以外の情報も集めて状況を整理しないと……)
「……あの、レイさん」
「レイさん? いつもはレイと……」
「! ええっと……」
(サラ・アッシュフォードは知らないキャラクターだけど、とりあえず貴族っぽく話しておいたほうが無難かな)
乙女ゲーマーの知識を総動員して、それっぽい話し方に挑戦してみる。
「……なんだか熱っぽいせいか、記憶が混濁しているの。変な質問をしてもいいかしら?」
「? 構いませんが……」
それから私は、レイに大きなことからこまごまとしたところまで質問を重ねた。
私は、魔法が存在する大国・マージア王国侯爵家の一人娘、サラ・アッシュフォード。
年は十五で、現在は王都にある『マージア王国魔法学院』に通っているらしい。
そして……シャルル・ウォーレルとは五年前、親同士の駆け引きの末、婚約が成立したのだという。
公爵家次期当主であるシャルルは忙しい。
かつ、優秀な魔法使いである彼と凡庸な魔法しか使えないという私は学院でもクラスが違い、ほとんど接点がないらしい。
けれど、婚約者である以上はある程度の交流が必要だろうと、シャルルは、三月に一度ほどお茶会の時間を取ってくれていた。
それが――まさに今日のことだったらしい。
(本当に、この世界で私とシャルルは婚約者なんだ……?)
シャルルは非攻略対象だから、彼の恋愛事情や婚約事情について、本編では明かされていなかった。
けれど、実は貴族の義務として婚約していたのだろう。
(その婚約者の立ち位置に、私が転生した――)
結ばれないと思っていた。
だって、彼は攻略対象キャラクターじゃなかったから。どれだけ嘆いたって結局はどうにもならないんだって……。
(それなのに、こんなラッキーあっていいの……!?)
今この瞬間までは、ただ驚きと戸惑いばかりだった。
けれどじわじわと、奇跡のような出来事に対する喜びの念が湧いてくる。
(嬉しい……!)
政略的な婚約だとしても、好きな人と結ばれるということには違いない。
(でも……私にそんな奇跡、ありえる?)
呪われているのではないか、というくらい好きな人と結ばれ続けなかった私だ。
今回も、何か落とし穴があるようにしか思えない。
(……ゲームの内容を思い返そう。何か、危険な展開とかなかったっけ……?)
とはいえ、『魔法使いと飴玉の世界』はとても平和的なゲームだ。
誰かが死んだり、凋落したり、悪人らしい悪人が出てくる展開はなかったように思う。
(『魔法が存在する世界で、貴族たちと甘い毎日を送る』っていうのがコンセプトだったもんね)
非攻略対象キャラクターも、特に誰も不幸な目には遭わなかった。それは当然、シャルルだってそうだ。
(私とシャルルが十七歳)
(それなら、シャルルの二つ年下のシャーロットはもう公爵家に拾われて、学院に入学してる。……すでに誰かを攻略してる可能性だってあるはず)
シャーロットが十五歳になった頃。
平民として暮らしていた彼女が、実は赤ん坊の頃に亡くなったと思われていた公爵家の令嬢だと判明する。そして、公爵家に引き取られて学院に入学するところから物語がスタートするのだ。
その後は、攻略キャラクターによって十五歳のうちにエンディングを迎えることもあれば、卒業の年に迎えることもある。
(今が物語のどの地点だろうと、シャルルの人生にはそう大きく関係ないはずなんだけど。何かが引っかかるような……)
「それほど記憶が欠落されているのなら、お医者様にかかるべきです。今すぐに手配いたしますね」
「あっ、いや――今のは試しに聞いてみただけだけよ。ちゃんと全部覚えていたから安心して?」
「本当ですか? では、せめて明日の学校は休んだほうがいいのでは……」
(学校か……。ちょっと不安だけど、行ってみたらもっといろんなことがわかるかもしれない)
「……いえ、体調は問題ないから学校にも行くわ。心配してくれてありがとう」
「……わかりました。ですが、もしお辛ければすぐに言ってくださいね」
レイが頭を下げて部屋を出ていく。
(不安はある)
(でも、せっかくゲームの世界に入れて、好きな人の婚約者になれたんだもんね。前向きに頑張ってみよう……!)
けれど、人生をひっくり返すほどの大事件は、それからたった一時間後に起こった。




