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幕間八 乾杯史・急


「今日、いる?」


KPからの連絡は、いつもの文面だった。でも、続きが、いつもと違った。


「駅じゃなくて、河川敷、来れる?」


⸻


夕方の河川敷に、KPはいた。土手の、見晴らしのいい場所。コンビニ袋。缶が、二本。


「珍しいな、駅じゃないの」


「ん。──お前、もう卒業したから」


さらっと、言われた。俺は、卒業のことを、KPにちゃんと話したことはなかった。


「……なんで知ってんの」


「顔」


顔。こいつは、ほんとに、それだけで全部読む。


土手に並んで座った。プシ、と音が二つ。西日が、川面をオレンジにしてた。


「乾杯」


こつん。


俺のは、茶だった。KPのは、ビール。それでいいのだ、乾杯ってのは。中身じゃなくて、音の方が本体だから。


しばらく、どうでもいい話をした。会社の自販機の新機種にコーンスープがなくなった話。一つの時代の終わりだという話。


会話が凪いで、川の音だけになった時、KPが、ぽつりと言った。


「──駅で飲むの、好きだったんだけどな」


「……過去形なんだ」


「ん。お前が卒業したから、俺も、あがり」


あがり。


「……KP。前から聞きたかったんだけど」


「ん」


「お前、なんで、いつも駅にいたの。声もかけないのに」


KPは、缶を一口飲んで、川を見たまま、少し黙った。


長い沈黙じゃなかった。ただ、言葉を選んでる沈黙だった。


「──俺もさ。昔、あの駅で、缶もらったことあんの」


「…………」


「終電の後でさ。まあ、色々、終わってた時期でさ。植え込みの縁で潰れてたら、知らない奴が隣座って、缶くれて。乾杯、って」


「……誰」


「知らない。名前も聞かなかったし、それっきり会ってない。──で、そいつが帰り際に言ったの。『返さなくていいから、そのうち誰かにやって』って」


西日が、川面で、ちらちら光ってた。


「だから、返してただけ。駅に。……お前が一番、缶が要る顔で立ってたから、お前に集中しただけで」


……。


三年半分の、あの乾杯たち。


渋い夜の、プシ、こつん。奈落の時期の、増えた頻度。「今日のお前、一本じゃ足りない顔してる」。あの全部が──誰かから誰かへ、名前もなく渡され続けてきた、一本の長いリレーの、途中だったのだ。


KPが、いつの時代の、どっち側の人間だったのか。あの駅で何が終わってて、缶の前と後で何が変わったのか。


聞かなかった。


聞かないのが、正解の男だった。この三年半で、それくらいは、学んだ。


「……KP」


「ん」


「俺も、そのうち、誰かにやるわ。缶」


「ん。──それでチャラな」


チャラ、らしい。三年半分の乾杯が、缶一本の先渡しで。安いんだか高いんだか分からない換算レートだが、まあ、あいつの帳簿では、そうなってるんだろう。


川が、暮れていく。


最後の乾杯は、駅じゃなくて、街の外の、こんなに明るい場所だった。


「なあKP。河川敷の酒って、なんでうまいんだろうな」


「──誰の帰り道でもないからだろ」


こいつは、ほんとうに。


時々、こういうことを言う。


<幕間八・了>


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