第86話 火種
ダイの報せの夜、解散した後も、俺は一人で、少しだけ飲み直してた。焼き鳥屋のカウンターの端で、茶を。
いい夜だった。ダイの顔。妻、の言い慣れ具合。一門の祝福の騒ぎ。イチが「お、おめでとうございます」の「お」で三秒詰まって、全員が優しく待ったこと。
その騒ぎの余熱の中で、ぼんやり、店の焼き台の火を見てた時だった。
──不意に、気づいたのだ。
【焚火】のことを。
俺の技の中で、一番あったかくて、一番強くて、迷走期に一番最初に殺してしまった、あの技。「笑いは安全の証明」。技として教わって、技として磨いて、技として使ってきた。
でも、思い返してみろ。
俺が路上で、誰かを笑わせようとした時。あの一瞬、俺の中で参照されてたのは、なんだった?
──この店の、この火だ。
タコパの夜の笑い声。眉の夜会の馬鹿騒ぎ。失敗自慢大会。旗揚げの朝の下手な歌。乾杯の、プシ、こつん。この店のカウンターで、勝った夜も負けた夜も、誰かと笑ってた、あの時間。
俺の焚火は、技術じゃなかった。
**記憶だったのだ。**
路上で火を焚くたび、俺は無意識に、この店の火を、あの夜たちの火を、小さく再現してた。だから俺の焚火は、一門ができてから強くなったし、正しさに酔って仲間と距離ができた時期に、真っ先に消えた。
火種のない男に、火は焚けない。
当たり前の理屈だった。三年半かかって、やっと届いた、当たり前。
「──大将」
「ん」
「この店の火って、いつから燃えてるんですか」
大将は、串を返しながら、いつもの情報量で答えた。
「開店から」
ですよねwww
でも、その夜の俺には、その四文字が、妙に、沁みた。
開店から、消してない火。何世代の客が来て、飲んで、笑って、消えていっても、燃え続けてる火。
俺たちの焚火の、大元の火種は、たぶん、こういう場所に、ずっとあるのだ。
この話は、一回しか書かない。
技の種明かしは、一回で、十分だから。
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