第85話 決断
その報せは、焼き鳥屋で受けた。
「ミナモさん、今日、ちょっといいすか」
ダイから、珍しく、改まった連絡が来たのだ。カウンターに並んで、串が来て、あいつは茶を一口飲んで(あいつも最近、一杯目が茶になってた)、言った。
「──俺、結婚します」
「…………」
「式は身内だけで。籍は、来月入れます」
……お気づきだろうか。
**報告**なのだ、これ。
「結婚しようと思うんですけど、どう思います?」じゃない。「実は付き合ってる人がいて」ですらない。決まったことの、事後報告。日程まで、決まってる。
「え、待て待て。相手は──」
「前から、お付き合いしてた人です。……ミナモさんには言ってなかったですけど」
「いつから」
「わりと、前から」
昼の顔の、正体だった。
「その……相手の人は、お前の、あの頃のこと」
聞きにくいことを、聞いた。あいつの夜の時代のことだ。
ダイは、まっすぐ、言った。
「全部、知ってます。俺から、全部、話しました。──その上で、一緒にいてくれてる人です」
「…………」
「だから、隠し事は、ゼロです。俺の人生で、初めてです。隠し事ゼロの関係」
俺は、しばらく、何も言えなかった。
驚いてたんじゃない。──眩しかったのだ。
思い出してた。出会った頃のダイを。「選択肢がないから、唯一の選択肢に縋ってるだけじゃないか」と、自分で自分に気づいてた男。選べなかった男。決められなかった男。
その男が、今、目の前で、人生でいちばん重い選択を──**相談ですらなく、決断として**──置いてる。
「……ダイ。一個だけ聞いていいか」
「はい」
「迷わなかったのか」
ダイは、少し考えて、串を一本食って、言った。
「──迷う工程が、見当たらなかったです」
……。
……それ、俺の台詞だぞ。まぶた留めた時の。
俺は、笑ってしまった。笑いながら、目の奥が、ちょっと熱かった。
「おめでとう。──おめでとう、ダイ」
「っす。……あ、あと」
ダイは、照れくさそうに、付け足した。
「式はやんないですけど、そのうち、みんなでタコパやるんで。……ロシアンたこ焼き、覚悟しといてください。妻、からしの量、俺より容赦ないんで」
**妻。**
もう言い慣れてやがる。www
その夜、大将は、ダイの前に、頼んでない串を一本、とん、と置いた。
「余りもんじゃ」
──ダイの門が閉じた音を、聞いた奴は、あの店に、もう一人いたわけだ。
---




