第78話 消えていく
卒業の夜から、視界が、変わり始めた。
最初に気づいたのは、タグだった。
雑踏を歩いてて、ふと、表示が減ってることに気づいた。前は全員に付いてた系統タグが、三人に一人。次の週は、五人に一人。表示されても、薄い。北の門で見た、あの、インクの薄れた判子みたいに。
次に、数字が消えた。
警戒値。予測値。あんなにびっしり浮かんでた注釈が、頁の書き込みを消しゴムで消していくみたいに、薄れていった。
装いの描画も、減った。妖精の羽が、ただのフリルに。騎士の剣が、ただの、姿勢のいい人に。火の髪が、ただの、明るい髪色の子に。
そして、ある夜──
チリ、、ン、が、鳴らなくなってることに、気づいた。
正確には、いつから鳴ってないのか、分からなかった。声かけをしてないんだから、レベルが上がらないのは当然だ。でも、それだけじゃない気がした。耳を澄ましても、あの音の気配ごと、俺の夜から、消えてた。
《……寂しい、ですか》
(………………少し)
正直に言うと、少し、寂しかった。三年間、俺の世界はあの表示と共にあった。あの視界は、俺の努力の証明で、俺の成長の履歴で、俺の、目そのものだった。
それが、剥がれていく。
《……本システムも、です》
(え?)
《表示するものが、日ごとに、減っています。本システムの仕事が、消えていっています。……これが何を意味するのか、演算はできています。ですが、演算結果を、あまり、開きたくありません》
(……お前も、そういうこと言うようになったんだな)
《あなたと二年半もいれば、多少は》
でも同時に、変な軽さもあった。眼鏡を外した時の、あの、世界がぼやけて、でも顔が軽い感じ。
⸻
消えていく視界の中で、一個だけ、逆の動きをしてるものがあった。
ある夜、ほとんど白紙になったステータスを、久しぶりに開いた。レベル表示は薄れ、声掛けの数字は霞み、札の欄は読めなくなってた。
その、消えかけの頁の一番下で。
【 ??? 】10
──くっきりと、濃く、その項目だけが、残ってた。
いや、残ってるどころか。全部が薄れていく画面の中で、そこだけ、前より、濃くなってた。
「…………」
三年間、バグと呼んできた数字を、俺は、長いこと見てた。
7だったやつが、10になってる。俺が何も数えなくなった、この数ヶ月の間に。
(……なあ、システム)
《言わないでください》
(こいつ、もしかして)
《言わないでください。》
システムの声は、静かだった。
《……名前をつけたら、逃げる気がします。そういう項目です、あれは、多分。──本システムの管轄外で、唯一、育っているものです。そっとしておいてください》
俺は、頷いて、表示を閉じた。
バグだけが、元気だった。
……いや。
もう、バグとは、呼ばない気がした。
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