第77話 卒業
その夜のことを、書く。
説明は、できない。先に言っておく。この話には、理由が出てこない。俺が三年探して、結局見つからなかったんだから、諸君が読んでも出てこない。それでも書くのは、これが本当に起きたことだからだ。
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なんでもない、水曜だった。
仕事帰りに、久しぶりに梟ノ森で降りた。街を止めてから、たまにこうして、ただ歩くだけの夜があった。攻略はしない。ただ、歩く。
いつもの駅前。いつもの雑踏。いつもの、夜の匂い。
改札を出て、階段を降りて、広場に出た、その時。
──終電の、アナウンスが鳴った。
いや、終電にはまだ早い時間だった。ただの、次の電車の案内放送。三年間、何千回と聞いた、いつもの声、いつもの抑揚。
なのに、その夜のそれは。
少しだけ、違って聞こえた。
何が、とは言えない。音程か、響きか、俺の耳か。ほんの、髪の毛一本ぶんの、違和感。立ち止まって、聞き直した時には、もう、いつもの放送に戻ってた。
そして、その髪の毛一本の隙間から、それは、来た。
「──あ」
声が、出てた。
「……あー。」
俺は、駅前の雑踏の真ん中で、一人で、空を見て、言った。
「今、卒業やな。」
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……我ながら、意味が分からないと思う。
前触れは、なかった。決意も、してなかった。離脱は続けてたが、「いつか完全にやめる」なんて日付は、どこにも打ってなかった。
なのに、分かったのだ。試験の合格発表を見た時みたいに。もう終わってたことを、告げられただけみたいに。
俺の、この街での何かが、今、終わった。
寂しさは──あった。確かに、あった。でも、それより大きかったのは、変な言い方だが、礼みたいな感覚だった。深く息を吸って、吐いて、頭を下げたくなる感じ。誰に? 分からん。街に、かな。
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その足で、焼き鳥屋に行った。
「おまかせで」
久しぶりに、酒じゃなく、その注文から始めた。大将は、いつも通り、頷きもせずに焼き始めた。
串を食って、茶を飲んで、いつもの値段を払って、席を立とうとした時だった。
「──おい」
大将が、初めて、俺を呼び止めた。
え、と振り向いた俺の前に、大将は、焼きたての串を一本、とん、と置いた。
「……? 頼んでない、ですけど」
「余りもんじゃ」
余りもん。まかないの串。あの夜、一門みんなに出たやつ。それが今夜は、俺に、一本だけ。
「……いただきます」
食った。うまかった。理不尽なくらい。
会計は、変わらなかった。串の分は、どこにも入ってなかった。
──この一本の意味を、俺が知るのは、ずっと後だ。大将が、どういう客にだけ、この串を出すのか。あの人の目に、何が見えてたのか。
その夜の俺は、ただ「うまかった」だけを持って、暖簾をくぐって、夜道に出た。
空が、広かった。
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