第76話 捨てていない
離脱の日々の中で、一個、確かめたくなったことがあった。
俺は、弱くなったのか?
街を止め、酒を止め、数字を追わなくなった俺は、あの三年間で積んだものを、失ったのか。
確かめる機会は、日常の中に、勝手にあった。
たとえば、会社の面倒な調整ごと。昔の俺なら胃を痛めてた場面で、気づけば俺は、相手の警戒の根を先に抜いて(開帳)、小さい合意から積んで(楔)、笑いで場の温度を上げてた(焚火)。技名を思い出したのは、全部終わった後だった。
たとえば、道で困ってる観光客。気づいたら、声をかけてた。震えも、準備運動も、なしで。三年前、駅を三周した男が、無意識で。
たとえば、後輩の相談。聞いて、分解して、でも答えは言わずに、問いだけ置いた。……これは技じゃないな。これは多分、あの外さない槍と、大将と、澄んだ人たちから、勝手に移ったやつだ。
──捨てて、なかったのだ。何も。
技も、経験も、あの三年も、全部、体に残ってた。俺が止めたのは、それを**数える**ことだけだった。
声かけの数を数えない。札を数えない。レベルを見ない。承認を集計しない。
数えるのをやめただけで、技は、初めて、道具の顔に戻った。
包丁と同じだ。毎日「今日は何回切ったか」を数えてる料理人は、たぶん、ちょっとおかしい。数えなくなった日から、包丁はただ、必要な時に、手に馴染む。
(なあ、システム)
《はい》
(俺、間違ってなかったのかもな。あの三年)
《……ほう》
(登った山は、幻じゃなかった。幻だったのは──山の高さを、毎日測ってたことの方だ)
システムは、しばらく黙って、それから、珍しく、笑った気配がした。
《その台詞、三年前のあなたに聞かせたいものです》
(聞かねえよ、あいつは)
《でしょうね。──ですが、いつか聞く誰かのために、ノートには、書いておいてください》
書いた。
その頁が、いつか何になるかも、知らずに。
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