↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/110

第72話 断酒


酒も、止めた。


順番としては、こっちの方が体に直結してたから、先に書くべきだったかもしれない。でも実感の順番は、こうだった。街を止めたら、酒の役目が、剥き出しになったのだ。


街に出ない夜、俺は缶に手を伸ばした。伸ばして──気づいた。


(……あれ。俺、今、何を消そうとした?)


今までは、消す対象が分かりやすかった。回りすぎる頭。研究の興奮。夜の残響。でも今夜の俺は、家にいて、静かで、消すべき騒音がない。


ないのに、手が、伸びてた。


つまりこの手は、騒音を消すための手じゃなかったのだ。手持ち無沙汰そのものを消すための手だった。時間という、素面では長すぎるものを、早送りするための。


「…………やめだ」


缶を、冷蔵庫に戻した。


──ここから先の日々を、綺麗な物語にはしない。正直に書く。


戻した缶を、三日後に飲んだ。飲んで、自己嫌悪して、また止めて、二週間持って、また一本飲んで、その一本で止まった夜もあれば、止まらなかった夜もあった。断酒ってのは、スイッチじゃない。天気だ。晴れの日を、一日ずつ数えて増やしていく作業。


その作業の中で、俺は一個、でかい発見をした。


「いつでも戻れる」の正体だ。


酒を止めてる間、俺の頭は何度もこう囁いた。──いつでも飲める。今日飲まないだけ。俺は酒に勝ってるから、いつでも戻れる。


街を止めてる間も、同じ声がした。──いつでも戻れる。技は錆びない。俺はいつでも、あの夜に戻れる。


……気づいたか?


「いつでも戻れる」ってのは、戻らないための麻酔じゃなかった。逆だ。あれは、離れきらないための、命綱だったんだ。戻れる、と思ってる限り、俺は本当には、離れてない。ホットスタンバイってのは、待機って意味じゃない。


繋がれてる、って意味だったんだ。


エンジンを温め続けてる限り、俺はずっと、あの滑走路の上にいる。


断つってのは、エンジンを切ることだった。切って、冷えて、かからなくなるかもしれない恐怖ごと、引き受けることだった。


三年かかった、と先に言っておく。この章の中では数話で書くが、実時間で、三年だ。


天気を、千日ぶん、数えた。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。