第71話 離脱
栓を見つけた男が、次にやったことを書く。
栓は、開けなかった。まだ。あの水圧に耐える体力が、当時の俺にはない。それは自分で分かってた。
代わりに俺は、もっと手前の作業から始めた。
──水道の、蛇口を数えることから。
俺の毎日には、蛇口がいくつもあった。夜の街。声かけ。承認の供給。レベルの音。缶の酒。全部、俺に何かを注ぎ込んでる管だ。栓を見つけたということは、この管たちの正体も、見えたということだった。
これは栄養か。それとも、点滴か。
一番太い管から、止めることにした。
夜の街だ。
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「今週、出ないんですか?」と一門に聞かれた。
「ああ。ちょっと、休む」
「珍しいっすね。風邪すか?」
「風邪みたいなもん」
嘘じゃなかった。あれは、風邪みたいなものだった。ただし、治すために寝る風邪じゃなくて、治すために起きてなきゃいけない風邪。
金曜の夜が、来た。
体が、勝手に支度を始めようとした。シャワー、セット、服。三年間、金曜の夜の体はこう動くようにできてた。俺はそれを、一個ずつ、止めた。
そして、家にいた。
──家にいる金曜の夜、というものの長さを、諸君は知ってるか。
長い。異常に長い。時計を三回見て、まだ二十分しか経ってない。手が、そわそわする。足が、そわそわする。頭の中で、夜の駅の音がする。今頃、あの改札前は。今頃、あの路地は。
(一回だけ出るか)と、どこかから声がした。(一回だけ。研ぐだけ。ホットスタンバイの点検だけ)
「…………」
(システム。今の、お前か?)
《……いいえ。本システムでは、ありません》
(…………)
《……その声の出所を、本システムは、特定できません。ただ、理由の即納速度から見て──かなり、古くから居る声かと》
その声の、あまりの手際の良さに、俺は逆に、ぞっとした。
理由が、三秒で三個出てくる。全部もっともらしい。この即納体制、知ってるぞ。缶の酒の理由と、同じ工場で作られてる。
俺は、出なかった。
夜中の一時に、意味もなく部屋の掃除を始めて、三時に力尽きて寝た。
土曜の朝、目が覚めて、最初に思ったことを、記録しておく。
──出なかった。俺は、昨日、出なかった。
たった一晩だ。たった一晩、家にいただけ。
なのにその朝の俺は、レベルが上がった夜より、ちょっとだけ、誇らしかった。
音は、鳴らなかったけどな。
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