第67話 全部、本当
さて、ここまで読んだ諸君は、この時期の俺を「苦しんでる男」だと思ってるかもしれない。
訂正させてくれ。
俺は、楽しかった。
これは強がりでも、皮肉でもない。当時の実感として、俺は、ほんとうに、楽しかったのだ。
夜の街は楽しかった。声をかければ、誰かしらが受け入れてくれた。会話は弾んだ。俺は面白い男で(躁の翼は、人を面白くする)、場は沸いて、札は増えて、承認は毎晩、供給された。
一門といる時間も楽しかった。カルとの徘徊も、ダイとの米も、KPとの乾杯も、焼き鳥屋の夜も、全部、楽しかった。
満たされてた、とすら言っていい。声をかける男、というアイデンティティは、俺の芯まで馴染んでた。俺は街の男で、街は俺を受け入れてて、毎晩、その確認が取れた。
楽しい。受け入れられてる。満たされてる。
──全部、本当だった。
嘘が一個もないことは、俺が保証する。当時の俺の主観において、あの日々に、苦しみの実感は、なかった。
……。
ここで諸君は、聞きたくなると思う。
「じゃあ、辛くなかったのか?」と。
いい質問だ。当時の俺に、同じ質問をした奴がいる。ダイだ。米を食いながら、あいつは、ずいぶん遠回しに、でも確かに、聞いた。
「ミナモさんて、その……しんどくないんすか。最近」
俺は、米を飲み込んで、少し考えて、正直に答えた。
「しんどくない」
「……ほんとに?」
「ほんとに。楽しいよ、毎日」
嘘発見器にかけても、通ったと思う。本心だったから。
ダイは、それ以上聞かなかった。聞かなかったが、あいつの箸が、少しの間、止まってたのを、覚えてる。
──なあ、当時の俺よ。
「しんどくない」は、本当だった。それは認める。
でもな、一個だけ、お前に質問がある。倒れた朝のこと、誰にも言わなかったよな。床で目覚める毎朝のこと、言わなかったよな。湿気た花火のことも、賽の河原のことも、胸の奥のしん、も、全部、言わなかったよな。
しんどくない男が──
なんで、そんなに、言わないことが多いんだ?
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