第65話 毎朝、同じ床
それからの日々を、早送りせずに、でも淡々と書く。
淡々と書くのが、一番正確だからだ。あの日々は、劇的じゃなかった。奈落ってのは、落ちる場所じゃない。
住む場所だ。
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朝、床で目を覚ます。
ベッドは、ある。二年前と同じだ。ベッドまでの三歩が、また、遠くなってた。飲んで、座り込んで、気づいたら朝。頬の横に、フローリングの木目。
──この構図、知ってるな、と思う。
二年半前の、夜勤の床。あそこから俺は、声をかけて、レベルを上げて、仲間を作って、彼女ができて、別れて、覚醒して、世界の広さを知って、雷に打たれて、無双して。
千百回以上、声をかけた。
レベルは、44になった。
で、朝。床。木目。
……あれ? と、たまに思った。たまに、だけど。
俺、どこまで登ったんだっけ。こんなに登ったのに、なんで朝の景色が、一ミリも変わってないんだ?
《それは──》
言いかけた声を待たずに、俺は体を起こす。考えない。考える前に、今日の予定を数え始める。数えてれば、考えなくて済む。
夜、街に出る。声は出る。無双の残り火は、まだあった。札も取れる。数字は、まだ増える。
チリ、、ン。
レベルアップの音も、まだ鳴った。
鳴った瞬間、脳のどこかが、じゅわ、とする──はず、だった。この頃のじゅわ、は、湿気た花火みたいになってた。鳴ってる。光ってる。でも、じゅわ、が、来ない。来ないから、もう一本声をかける。もう一枚札を取る。足りない分を、数で埋める。
深夜、コンビニ。缶。帰宅。消灯。
床。
朝。
木目。
──積み上げてるはずなんだ、毎日。声も、札も、データも、レベルも。
なのに、夜ごとに、何かが全部、無に還ってる感覚があった。昨日積んだものが、朝にはない。だからまた積む。また、ない。賽の河原って、鬼が崩しに来るんじゃないんだな。
寝て、起きるだけで、崩れてるんだ。
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