第63話 武器
酒の話を、しなきゃならない。
誤解しないでほしいんだが、この時期の俺は、酒に「溺れて」なんかいなかった。少なくとも、本人の認識では。
俺は酒を、使ってた。武器として。
夜の研究の前に、一本。エンジンのかかりが良くなる。研究の後に、一本。データ整理が捗る。眠れない夜に、一本。睡眠は研究の資本だ。頭が回りすぎる朝に、一本。回転数の調整だ。
ほら、全部に、理由がある。
理由のある行動は、依存とは呼ばない。俺はそう定義してた。定義する側に自分を置けば、どんな行動も、定義の内側に収まる。便利だな、頭の良さって。自分を騙す時に、一番よく回る。
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生活の記録を、正直に置く。
朝。起きる。頭の回転数が高すぎるか、低すぎるか、どっちかの朝。調整の一本。
昼。仕事。この頃の俺の仕事ぶりについては──省く。省くが、上司との面談の回数が増えてたことだけ、記録しておく。
夜。街。研究。声は、相変わらず無双だった。躁の翼は、まだ折れてない。
深夜。家とコンビニの往復。甘い缶の酒。度数のちょっと強いやつ。一本が二本に、二本が四本になるのに、大した時間はかからなかった。ある夜、レジで会計しながら数えたら、カゴの中に、十本あった。
「袋、お分けしますか?」
「あ、大丈夫です。飲むんで」
飲むんで、じゃないんだよ。店員さんは何も聞いてないんだよ。
《十本。……記録します》
(買い置きだよ。毎日行くの、非効率だろ)
《……毎日、行っていましたが。結局》
深夜の部屋。データと、缶と、俺。
そして──缶が空くたび、俺は妙なことに気づいてた。
システムの声が、遠くなるのだ。
一本で、表示が薄くなる。二本で、警告が聞こえなくなる。四本目あたりで、あの《》の声は、完全に、沈黙する。
視界の中の全部の部屋の電気が、缶の数だけ、消えていく。
その静けさが──白状すると──最高だった。
一日中、回り続ける頭。読めすぎる視界。溢れ続ける言葉。数え続ける相棒。その全部が、缶の数だけ、止まってくれる。
俺は毎晩、自分の電源を、酒で落としてた。
電源ボタンのある生活は、楽だぞ。
ボタンが、効いてるうちはな。
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