幕間五 乾杯史・破
KPから連絡が来たのは、そんな時期だった。
「今日、あの駅いる?」
いた。正確には、駅の三周目だった。
改札前で落ち合うと、あいつは、いつものコンビニ袋を提げてた。缶が二本。
「ほい」
「……ん」
いつもの植え込みの縁に、座った。プシ、と音が二つ。乾杯、とKPが言って、缶を軽く当てた。
俺は、飲んだ。今夜、何本目かの一本だった。それはKPには言わなかった。
KPは、いつも通り、どうでもいい話をした。会社の自販機のコーンスープが、機種変更で粒問題が解決した話。解決したら解決したで、寂しい話。
俺は、笑った。ちゃんと笑えたと思う。
会話が途切れて、駅前の雑踏の音だけになった時、KPが、缶を見ながら、ぽつりと言った。
「──お前さ」
「ん?」
「最近、正しいこと言うようになったな」
「…………」
「前のお前は、面白いこと言ってたのに」
それだけだった。
責める調子は、なかった。分析でもなかった。ただの、感想。缶コーヒーの粒の話と、同じ棚から出てきた、ただの感想。
なのに、その一言は、ブリューナクの「着てるでしょ」より、ノエラの「ついていけません」より、深いところに、すとん、と落ちた。
正しいこと、言うようになったな。
面白いこと、言ってたのに。
「……KP」
「ん?」
「……いや。なんでもない」
「そ」
KPは、それ以上、何も聞かなかった。何も聞かずに、二本目を袋から出して、俺の膝の横に、ことん、と置いた。
「飲めよ。今日のお前、一本じゃ足りない顔してる」
──見えてたのだ。全部。
こいつには、視界なんてないのに。タグも警戒値も読めないのに。俺の顔一つで、全部。
俺は二本目を開けて、飲んだ。
夜の駅を、人が流れていく。仕事帰りの人。待ち合わせの人。俺が声をかけられなかった人たち。その全部を眺めながら、俺たちは、ただ、飲んだ。
乾杯の効能ってのは、多分、こうだ。
隣に誰かが座ってる間だけ、人は、自分への尋問を、休める。
「なあKP」
「ん?」
「……駅で飲む酒って、なんでうまいんだろうな」
「言ったろ、前に」KPは、残りを飲み干して、立ち上がった。「誰かの帰り道だからだよ。──帰れよ、お前も」
帰れよ、お前も。
その「帰れよ」が、家のことだけを言ってないのは、分かった。
分かったけど、俺には、帰り方が、もう分からなくなってた。
<幕間五・了>
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