第59話 火の消えた男
崩壊は、静かに始まった。
最初に死んだのは、俺の【焚火】だった。
きっかけは、四の間の、あの一節だ。
『打算を起点にするな』
正しい。正しいんだ。でも、正しさに酔った男は、正しさを、際限なく適用し始める。
──笑わせるのも、打算じゃないのか?
ある夜、ふと、そう思ってしまった。俺の焚火は、警戒を解くための技術だ。目的のために笑わせてる。それは、打算の火じゃないのか。純粋じゃないんじゃないのか。
純粋。この言葉が出てき始めたら、末期である。
俺は、声かけから、笑いを抜いた。
まっすぐ、目的だけを言う。打診だけの、純粋な声かけ。曰く、これこそが打算のない、誠実な形──
結果。
死番の、山。
視界の中の札が、灰色、灰色、灰色。取れる札の全部が、取った瞬間から冷えてた。それどころか、そもそも会話にならない。火のない声かけは、夜の街では、ただの用件だ。用件のある知らない男。一番、怖いやつだ。
「最近、ミナモさん、渋くないすか?」と一門に言われた。
「──数字は、追ってないから」
正しさで、答えた。数字を追ってないから渋くていい、という理屈で、渋さから目を逸らした。便利だな、正しさって。どんな穴も塞げる。
そして、もっと嫌なものに、俺は気づき始めてた。
ある夜、俺は、断られる角度に立ってた。
分かるだろうか。この頃の俺は、上手くなりすぎてて、「どの角度から、どの声で入れば、断られるか」が、分かるのだ。分かった上で──疲れた夜、俺は、その角度から、一度だけ、声をかけてた。
「すいません」
「……(会釈して去る)」
断られる。予定通り。でも「今日も声はかけた」という実績だけが、手元に残る。
空詠み、というやつだ。唱えた事実だけが欲しくて、届かない角度で唱える。
やってる、と自覚した夜、背中が冷えた。これは、病気だ。上手い奴だけが罹る病気。俺の二年間の技術の全部が、「やった気になる」ためだけの装置に、静かに転用され始めてる。
《警告──》
(ミュート中だ)
《警告。戻ってください。どこでもいい、戻れる場所まで──》
(ミュートだって言ってんだろ)
すっ。
視界の警告が、また一段、薄くなった。
戻る場所。
俺は考えて──そして、最悪の答えを出した。
型に戻るんじゃない。逆だ。俺はもう枠の外の人間なんだから、型を、完全に捨てればいいんだ。
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