第53話 語る側
『四の間』の読者は、街に、思ったよりたくさんいた。
焼き鳥屋で、団体攻略の帰りに、広間で。「あれ読んだ?」が挨拶になり始めてて、読んだ者同士は、目が合うと分かった。ああ、こいつも枠の外か、と。
そして俺は、そのコミュニティの中で、急速に「語れる側」になっていった。
理由は単純だ。俺は二周読んで、ノートを取って、自分の二年間の経験に全部を接続してた。書の抽象論を、路上の具体例で語れる男は、貴重だった。
「ミナモさん、四の間の『錨』のとこ、正直よく分かんなくて」
「ああ、あれな。──お前、札の管理表つけてるだろ。先月比とか出してるだろ」
「出してます」
「先月比が下がった週、どんな気分だった?」
「……最悪でした」
「それが錨だよ。数字は便利だけど、いつの間にか、数字の方がお前の主人になる。お前は先月の自分の数字に、繋がれてたんだ」
「……!! なるほど!!」
相手の目が、開く。その瞬間が、たまらなかった。
チリ、、ン、とは違う快感だった。もっと深くて、もっとタチの悪いやつ。俺の言葉で、人の枠が外れる。俺が、誰かの雷になれる。
《警告。あなたが今語っているそれは、あなたが解いた答えではありません。──借りた答えです》
(解くも借りるもあるかよ。正しいものは正しい)
《問いというものは、自分で解いた分しか、身につかないのでは──》
(──システム)
俺は、視界の隅の警告表示を、指で、すっ、と払った。
《……いま、何を》
(お前の警告、ミュートにできるの、この前気づいたんだよ。悪いな。今、集中したいんだ)
《ミナモ。それは──》
すっ。
──警告表示が、消えた。
視界が、静かになった。正しさだけが、綺麗に残った。
……この「ミュート」って機能な。
多分、最初から視界についてたんだと思う。ただ、使う理由が、それまでの俺にはなかっただけで。
正しさで武装した男ってのは、自分に反対する声から、順番に消していくのだ。外の声も。内の声も。
---




