幕間四 彼女の帰り道
※この幕間だけ、俺じゃない誰かの話をする。誰、とは言わない。
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最悪な一日だった。
まず朝、電車が遅延した。会社に着いたら、遅延を見越して早く出た人だけが褒められていた。理不尽である。昼、コンビニの新作スイーツが目の前で売り切れた。午後、例のお客様から例の電話が来て、例のごとく、私が悪くないことで四十分謝った。
四十分。時給に換算したくない。
定時を四十分過ぎて(奇遇にも謝った時間と同じだけ残業して)、会社を出た。夜の駅までの道を、私は「プリンを買う」という一点だけを支えに歩いていた。
今日は、二個の日だ。
理不尽が一定量を超えた日は、プリンを二個買っていい。私が私に発行している、正式なライセンスである。
コンビニでプリンを二個確保し(新作はなかったが定番があった。定番は裏切らない)、駅への道を歩いていたら──
「すみません、突然ごめんなさい。……あ、や、そんな不審者を見る目しないでください、合ってるんですけど」
……は?
見ると、男の人が立っていた。
一応、説明しておくと、夜道で知らない男に声をかけられた時、私たちの頭の中では、瞬時に会議が開かれる。議題:この人は安全か。判定材料:距離(詰めてこないか)、立ち位置(帰り道を塞いでないか)、目、そして──第一声。
この人の第一声は、「自分は不審者で合ってる」だった。
会議室が、ざわついた。
(自白してますけど)(不審者は自白しません)(じゃあ何)(……面白い人?)
距離は、詰めてこなかった。立ち位置は、道を塞いでなかった。目は、こわくなかった。むしろちょっと、緊張していた。緊張してる不審者って、なんだ。
「ふふっ、なにそれ」
気づいたら、笑っていた。
そこから少し話した。話してみたら、普通の人だった。いや、普通ではないか。初対面の私の「今日は理不尽をプリンで相殺する日」という話に、「二個の日、あるんだ」と食いついてきた。あるのだ。二個の日は。それを一発で理解した男の人を、私は初めて見た。
連絡先を聞かれた。
会議が、もう一回開かれた。
(どうします)(減点は、なかった)(笑ったしね、二回)(プリンの理解度も高かった)(──可決で)
教えた。別に、何かを期待したわけじゃない。ただ、最悪だった一日の最後の十分が、ちょっと面白かった。その面白さに、チップを払うくらいの気持ちだった。
「ありがとうございます! あ、俺、変なお店とかの勧誘じゃないんで! ほんとに!」
「それ、勧誘の人が言うやつですよ」
「ほんとだ!!」
ほんとだ!! じゃないのよ。最後まで面白い人だった。
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家に着いて、プリンを一個食べた(二個目は明日の朝の分。二個の日のプリンは、分割払いが正しい)。
お風呂に入って、髪を乾かしながら、今日一日を思い返した。遅延。売り切れ。四十分の謝罪。
……最後の十分の、変な人。
「……ふふ」
思い出し笑いが出た。不審者を見る目しないでください、合ってるんですけど、って何。
スマホが光った。さっきの人からだった。
『今日はありがとうございました! プリン二個の日が、いい日に変わってたら嬉しいです』
私は少し考えて、返した。
『昨日の不審者さんですか?笑』
送ってから、気づいた。
あ、今日が「いい日に変わってたら」って、この人、私の一日が最悪だったの、ちゃんと聞いてたんだ。
……ま、いっか。プリン、明日の朝もあるし。
私は電気を消して、寝た。明日も理不尽は来るだろうが、知ったことか。私にはプリンの残りと、ちょっと面白かった十分がある。
それだけあれば、人は、わりと寝られる。
<幕間四・了>
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