第46話 コーラの奇跡
事件は、二日目の夕方に起きた。
観光して、飯を食って、ぶらぶら歩いてた時だ。コンビニの前で、地元の子らしい女の子が、自販機を眺めてた。
俺は、ほんとうに、何の気なしに言ったのだ。攻略の意図、ゼロ。詠唱、なし。焚火の設計、なし。旅先の浮かれた気分、百パーセント。
「コーラ飲もうよ!」
我ながら、意味が分からない。初対面だぞ。コーラ飲もうよ、て。小学生の誘い方だろ。東京でこれをやったら、警戒値が振り切れて視界が真っ赤に染まる案件だ。
彼女は、こっちを見て、二秒くらい考えて、言った。
「いいですよ!」
「……………………え??」
「え?」
「え、いいの??」
「え? だめなんですか?」
「いや、いい!! いいんだけど!! え??」
(システム!! 状況!!)
《分かりません!! 詠唱なしの打診が!! 素通しで!! 通りました!!》
(警戒値は!!)
《最初から!! ほぼゼロでした!!》
(お前も落ち着け!!)
《あなたが落ち着いてください!!》
俺は自販機でコーラを二本買った。手が少し震えてた。彼女はごく普通に「ありがとうございます」と受け取って、コンビニ前の縁石に、普通に座った。俺も座った。ダイとイチと同期たちは、少し離れたところで、世界の終わりを見る顔でこっちを見てた。
プシ、と炭酸の開く音が、二つ。
「お兄さんたち、観光ですか?」
「そう。東京から」
「東京! いいなあ。うち、まだ二回しか行ったことなくて。人多すぎて酔いました」
「分かる。俺も毎日酔ってる」
「住んでるのに!?」
彼女は、けらけら笑った。屈託、という概念を知らずに育った笑い方だった。地元の話をしてくれた。この街の夏祭りの話。進路のこと、ちょっと迷ってること。コーラはうまくて、夕方の風は涼しくて、会話には、何の設計もなかった。
十五分くらい話して、彼女は立ち上がった。
「じゃ、うち帰ります。コーラごちそうさまでした!」
「あ、うん。気をつけて」
「観光、楽しんでくださいねー!」
言ってから、彼女は少しだけ足を止めて、付け足した。
「……東京の人とコーラ飲んだの、初めてです。なんか、いい思い出になりました」
手を振って、彼女は歩いていった。夕方の風の中の後ろ姿が、来た時より、ちょっとだけ弾んでた。……気のせいかもしれない。気のせいじゃないと、いいな。
飲んだ。笑った。解散した。
以上である。
札の交換、なし。打診、なし。攻略、発生せず。
「「「…………」」」
戻ってきた俺を、一門が無言で囲んだ。
「……ミナモさん。今の、何すか」
「分からん」
「攻略じゃ、ないですよね」
「攻略じゃない」
「じゃあ、何が起きたんすか」
「──分からん!! え?? なにこれwwwww」
なにこれwwwww としか言えなかった。俺の二年間の技術体系のどこにも、今の十五分を分類する棚がなかった。勝ちでも負けでもない。戦闘が、発生してない。なのに、胸のあたりが、変にあったかい。
(システム。今のは、何だったんだ)
《……記録不能です。ただ》
(ただ?)
《──いい十五分だった、とだけ》
システムまで技術を放棄した。
その夜、宿で寝る前に、俺はこっそりステータスを開いた。今日の声かけ:一。札:ゼロ。経験値:ほぼゼロ。
そして。
【 ??? 】6
……動いてた。
攻略が発生してない日に。また。
「…………バグ、旅先でも元気だな」
《…………》
(システム? 今日はツッコまないのか)
《……本日の全記録を、再照合していました。数値の動く要因、やはり、本システムの記録には、ありません。……ただ、一つだけ》
(一つだけ?)
《本日あなたの心拍が一番落ち着いていたのは、あの縁石の、十五分でした》
俺は表示を閉じた。閉じる時、いつもより、閉じるのが少しだけ遅かった。
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