第41話 異界
その扉の存在は、前から知ってた。
梟ノ森の外れ、地下へ降りる階段。夜ごと、扉の隙間から重低音が漏れてる。潜る者たちの間では「異界」と呼ばれてた。
「異界はやめとけ」と兄貴分は言ってた。「あそこは、俺らの理が通じない」
理が通じない、の意味を、俺は舐めてた。俺はレベル37だ。詠唱、擬態、楔、開帳、焚火。技は一通り磨いた。理が違うといっても、同じ人間同士だろ。翻訳すればいい。俺は翻訳の男だ。
(……なんか今、フラグ立てた気がするな)
《本システムは事実のみを扱います。事実:あなたは今、三本立てました》
(三本!?)
扉を、開けた。
⸻
音の、洪水だった。
いや、洪水って言葉も生ぬるい。音の、質量。重低音が空気ごと胸を押してくる。床が震えてる。光が明滅して、人の輪郭が点滅する。
「──────」
隣のダイが何か叫んだ。聞こえない。口の形だけ見える。す、ご、い、っ、す、ね。だろうな。俺も叫び返した。届いた気がしない。
(システム!! 状況分析!!)
《音圧により、【詠唱】使用不可!!》
(は!?)
《言葉が!! 届きません!! この世界には、会話という概念が、最初から存在していません!!》
(お前まで叫ぶな!!)
《表示も読んでください!! 振動で、文字が、ブレて──》
視界もおかしかった。いつものステータス表示が、重低音に共振して、ブレてる。文字が読めない。警戒値も予測値も、震えて滲んで、機能してない。
俺の武器は、全部、言葉だった。詠唱も、開帳も、焚火も、全部「話す」技だった。
その全部が、この国では、装備不可。
丸腰だった。レベル37の、丸腰。
近くにいた女の子と目が合った。俺は反射的に口を開いて──何も出なかった。何を言っても届かない世界で、口を開く意味とは。彼女は俺の硬直を三秒眺めて、興味を失って、音の中に消えた。
「「撤退!!」」
俺とダイの声が(聞こえないが)揃った。階段を駆け上がって、扉を閉めて、夜の空気を吸った。耳の奥で、まだ低音が鳴ってた。
「……なんすか、あれ」ダイが呆然と言った。
「別の国だ」俺は答えた。「言葉が、通貨じゃない国」
滞在時間、十一分。戦果、ゼロ。会話数、ゼロ。
俺の完敗の歴史の中でも、最速の敗走だった。
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