幕間三 梟ノ森の一夜
焼き鳥屋、カウンター満席の夜。
その夜は自然発生的に「失敗自慢大会」になった。ルールは一つ。今夜は、勝った話禁止。
「じゃあ俺から」と同期その一が手を挙げた。「詠唱の一言目、噛んで『すみま、すみません』って言ったら、相手も釣られて『は、はい』って噛んで、二人で噛んだまま会話が始まって、なんか札もらえた」
「それ成功談だろ!!」
「過程は大失敗なんだよ!!」
「はい次」とダイ。「俺、この前、声かけた相手が渡り屋の先輩でした」
「「「え」」」
「向こうも潜る側の人でした。振り向いた瞬間お互い気づいて、先輩が一言、『……頑張れ』って」
カウンターが沸いた。頑張れて。同業者への声かけ、事故の中の事故である。
「俺もあるぞ、系統の読み違え」と同期その二が続いた。「妖精だと思って『どしたの!』って行ったら、騎士だった」
「うわ」
「「どしたの、とは?」って真顔で誰何された。敬語で。俺、その場で『何もしていません』って自白して撤退した」
「取り調べwww」
「騎士の国で妖精語使うと、逮捕されるんだよ……」
「イチは? なんかあるだろ」
イチは串を置いて、少し考えて、言った。
「……この前、渾身の『すいません』が出た。全部が完璧に揃った一撃。……相手、外国の観光客だった」
「「「あーーーー」」」
「道、聞かれた。全力で教えた」
「お前の一撃、道案内に化けたのかwww」
「いい声かけは道案内にも効くんすよ」と真顔で言うから、余計に笑った。
俺の番が来た。手札は潤沢である。なにせ「大丈夫でした」の男だ。だが俺はあえて最新作を切った。例の、存在しない店の話だ。
「──で、『絶対行きますねー!』って」
「新規オープン準備中wwwww(二回目)」
「その子、いまも梟ノ森のどっかで、お前の店を待ってるんだぞ」
「やめろ。罪悪感で焼き鳥の味がしなくなる」
「店名だけでも決めとけよ。聞かれた時のために」
「聞かれた時のためってなんだよ。開店しないんだよ」
「「「未定!! 諸事情で未定!!」」」
「揃えるな!!」
⸻
ひとしきり笑って、瓶が何本か空いて、ふっと会話が凪いだ時間があった。
そういう時、この店では、誰も無理に喋らない。焼き台の音と、換気扇の音だけになる。
同期その一が、ぽつりと言った。
「……失敗の話って、なんで美味いんすかね」
誰も答えなかった。
代わりに、同期その二が、静かに言った。
「……成功の話は、順位がつくから、かな。失敗の話は、順位がつかない。全員、床が同じっていうか」
「うまいこと言うじゃん」
「今のは成功談なので、罰として一本奢ります」
「ルールが厳しい」
みんなが笑って、また凪いで──大将が、焼き上がった串を、とん、とん、と人数分置いた。
頼んでない串だった。
「「「……?」」」
「まかない。余りもんじゃ」
余りもんの串は、その夜一番、美味かった。
会計の時、値段はいつもと同じだった。串の分は、どこにも入ってなかった。
誰も、何も言わなかった。言わないのが、正解の店だった。
外に出ると、路地の空気が、換気扇の煙の匂いをまとって、ぬるかった。誰かが「またな」と言い、誰かが「また」と返し、それぞれの終電へ散っていった。
またな、が言える場所が、夜の街に一軒ある。
それだけのことが、あの頃の俺たちの、多分いちばんの財産だった。
<幕間三・了>
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