第4話 手帳
週末のたびに、駅へ通った。
そして声をかけられない日々が続いた。続いたんだが──ここで俺の妙な癖が発動する。
記録を取り始めたのだ。
声をかけられないなら、かけられなかった事実を記録する。周回数。滞在時間。息を吸った回数。何メートルまで近づけたか。
ノートは瞬く間に、世界一情けないデータで埋まった。
「本日、周回四。深呼吸七。最接近〇・八メートル(過去最高)」
過去最高じゃないんだよ。声をかけろ。
でも、笑わないでほしい。記録を取ると、変なことが起きる。
失敗に、種類があると分かってくるんだ。
最初は「声が出ない」だった。数週間後には「出るけど小さすぎて届かない」になり、やがて「届いたけど、驚かせて終わる」になった。
全部失敗。でも、同じ失敗じゃない。
失敗が、段位を上げてた。
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そしてノートには、もう一つの記録が増えていった。
──あの男たち、何者だ?
通ううちに見えてきた。俺と同じように、駅を「回ってる」男たちがいる。
歩く速度が、目的地のある人間のそれじゃない。視線が、待ち合わせのそれじゃない。
そして時々、彼らはすっと進路を変えて、誰かの隣に並ぶ。
ある夜、決定的なのを見た。
さっきまで一人だった男が、駅の出口で、女の人と並んで、笑いながら歩いてた。
俺は自販機の前で(定位置)、水を持ったまま(装備)、固まった。
同じ駅。同じ雑踏。なのにあの男は、俺と違う世界を生きてる。
同じ地図の上に、俺には見えないルートが引かれてる。
噂を思い出した。終電後の駅には門が開く。潜る者にしか見えない。潜ると「見える」ようになる。
……あいつら、「潜って」る。俺が水面でバシャバシャやってる間に、水の中を泳いでる。
ノートに書いた。
「彼らには、何が見えている?」
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