第33話 大将
梟ノ森に、通うようになった。
夜の梟ノ森は、独特の街だ。狗ノ谷みたいなキラキラはない。かわりに、湿度がある。路地の奥に、昼の世界の地図に載ってない気配が沈んでる。堅気の街と、そうでない何かが、同じ歩道を平気で共有してる。
その街の路地の一本に、焼き鳥屋があった。
カウンターだけの、小さい店。暖簾は色が抜けてて、看板は読めない。最初に入ったのは、ただ腹が減ってたからだった。
「……」
大将は、何も言わなかった。おしぼりが出て、お通しが出て、俺が「おまかせで」と言うと、頷きもせずに焼き始めた。
うまかった。理不尽なくらい、うまかった。
で、二度目に行った夜、俺は妙なことに気づいた。
視界だ。
俺の視界は、この頃には店に入れば店員のタグくらい薄く読める。なのに、大将の上には──何もなかった。
タグ、なし。系統、なし。警戒値、なし。装いの描画、なし。
(おいシステム。表示は)
《……ありません》
(ないってなんだよ。バグか?)
《不明です。……この人物は、本システムのデータに、存在していません》
雑踏の全員に注釈がつく俺の視界が、エプロンと煙と手元だけの男を、一文字も翻訳できなかった。
「……大将って、昔なにやってた人なんです?」
聞いてみた。大将は、串を返しながら、一言だけ言った。
「焼き鳥屋」
以上だったwww 情報量ゼロ!! でもなぜか、それ以上聞いちゃいけない気がする一言だった。
⸻
その店は、いつの間にか、俺たちの広場になった。
ダイが来た。イチが来た。同期たちが来た。夜の攻略の帰りに、勝った奴も負けた奴も、あの暖簾をくぐった。大将は誰の戦果も聞かない。誰の愚痴も止めない。ただ焼く。
「今日、十二連敗したんですけど」と同期が言う。
「塩でいいか」と大将が言う。
「……塩で」
会話が成立してるのかしてないのか分からないのに、十二連敗の男は、串を三本食う頃には笑ってた。
不思議な店だった。あの店で、まずい夜を食ったことがない。まずい夜のまま入っても、出る頃には、なんか、大丈夫になってる。
「なあ」ある夜、ダイが串を齧りながら言った。「この店、回復ポイントですよね」
「セーブポイントかも」と俺。
「どっちでもいいけど」イチがぼそっと言った。「……この店より先に、潰れたくないっすね、俺ら」
変な言い方なのに、全員が深く頷いた。大将は、焼いてた。
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