第32話 焚火
近道の世界の攻略法を、俺は例によって研究から始めた。
夜の駅に通い、近道の使い手たちを観察した。そして、一人の男に行き着いた。
夜の梟ノ森で、やたら成果を上げてる兄貴分がいた。技のキレで言えば、正直、俺と大差ない。詠唱の精度なら俺の方が上かもしれない。なのに、あの人の周りだけ、夜が柔らかい。
弟子入りは、一瞬で終わった。
「兄さん、何が違うんですか。俺と」
「ん?」兄貴分は缶コーヒーを飲みながら、あっさり言った。「お前、笑かしてないだろ」
「……笑かす?」
「夜はな、警戒の世界なんだよ。知らん男に声かけられるって、基本、怖いの。その怖いを消せる薬は、この世に一個しかない」
「薬」
「笑いだよ。人はな、笑ってる瞬間だけは、怖がれないの。同時にできないんだよ、笑うのと怖がるの」
(……天才かよ)
《興味深い仮説です。検証を推奨します。今夜》
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その夜、俺は実験した。
型の精度を、あえて一段下げる。代わりに、先に笑わせにいく。
「すみません、突然ごめんなさい。……あ、や、そんな不審者を見る目しないでください、合ってるんですけど」
「ふふっ、なにそれ」
笑った。
彼女が笑った瞬間──俺の視界で、初めての現象が起きた。
会話の上に浮かんでる札のドロップ予測値。いつも白い数字のそれが、ふわ、と橙色に灯ったのだ。
《……表示色の変化を確認。この色は、本システムの初期設定に、ありません》
焚火みたいな色だった。
そこからの会話は、あったかかった。彼女は仕事帰りで、今日理不尽な客に当たって、でも帰りにプリン買ったから相殺、という話をけらけら笑いながらしてくれた。
「プリンで相殺できるんですか、理不尽って」
「できるよ。二個買えば大抵のことは」
「二個の日、あるんだ」
「今日は二個の日」
プリンで理不尽を相殺できる人は強い。俺もつられて笑った。札は、自然に、もらえた。
橙色の札だった。
そして翌朝──その札は、生きてた。返事が来た。「昨日の不審者さんですか?笑」。不審者て。でも生きてた。
⸻
逆の実験もした。答え合わせのために、あえて笑いゼロの、精度だけの詠唱で一枚取った。
取れた。取れたが、その札は、取得の瞬間から灰色だった。
視界の中で、灰色。橙の札と並べると、一目で分かる。同じ「札」なのに、片方は火が入ってて、片方は最初から冷えてる。
灰色の札は、翌朝、風化した。返事は来なかった。読まれもしなかった。
死番、というやつだ。夜の世界の言葉で。
《整理します。札の生死は、取得の瞬間に決定しています。会話に、火が入ったか、否か》
(つまり昼の俺の死番も全部これか)
《14話の死番二連を参照してください。あの日のあなたは、真面目一辺倒でした》
(笑いのない番号は、死番する……)
俺はノートに、夜の世界の第一法則を書いた。
技より先に、火を焚け。
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