第29話 覚醒
それからの俺は、少し変わった。
劇的な変化じゃない。日々の姿勢が、数ミリずつ矯正されていく感じだった。
まず、ダイに「しんどい」を言ってみた。人生初の練習だった。
「最近ちょっと、しんどくてさ」
「……え」ダイは固まった。「ミナモさんが? しんどい?」
「そんな驚く?」
「驚きますよ。ミナモさん、悩みなさそうっていうか……常に大丈夫な人だと思ってました」
だよな。そう見せてたんだから、そう見えるよな。
俺はぽつぽつと、話した。別れたこと。言われたこと。書き出した夜のこと。ダイは、たこ焼き器の横で、最後まで聞いてくれた。聞き終えて、あいつは言った。
「……俺、ミナモさんに服買ってもらった日のこと、たまに思い出すんですけど」
「うん」
「あの日、ミナモさん、自分の服は一枚も買わなかったんですよね。……ミナモさんて、そういう人ですよね。人のはやるのに、自分のは後回しっていうか」
──刺さった。別の角度から、もう一回刺さった。
そうか。服だけじゃないのか。俺は、全部それか。
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街での俺も、変わった。
声のかけ方が、柔らかくなった、と同期に言われた。自分では分からなかったが、数字には出てた。札の生存率──死番にならない率──が、目に見えて上がったのだ。
《報告します。札の生存率、先月比で大幅上昇。……技術パラメータに、変更は検出されていません》
(技術は、何も足してないからな)
《では、何が変わったのですか》
(……姿勢、かな)
《姿勢。……本システムの計測項目に、ありません》
(だろうな。お前の画面の外の話だ)
書き出しの夜以来、俺は相手の「ドアの内側」を、少しだけ想像するようになってた。この人にも、開かずの部屋があるのかもな、と。そう思って向き合うと、言葉の温度が変わる。温度が変わると、返ってくるものが変わる。
──覚醒、と当時の俺はノートに書いてる。
「俺は覚醒した。人に頼ることを知り、人の内側を想像することを知った。彼女のおかげだ。もう会えないけど、感謝している。ありがとう」
……うん。
嘘は書いてない。感謝も本物だ。今読んでも、あの夜の俺の精一杯だったと思う。
ただ、一個だけ。
「覚醒した」って自分で書いてるやつは、だいたいまだ、覚醒してないんだよな。
それを知るのは、まだ先の話。
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