第21話 擬態
レベルが上がって、視界に新しい表示が増えた。
系統タグ、というやつだ。すれ違う人の上に、薄く、その人の属する世界の名前が浮かぶ。
そして──タグが読めるようになった夜から、あの「装い」の描画が、一気に増えた。
雑踏を見渡す。妖精の羽を背負ったふわふわの子が歩いてる。白銀の鎧を着た女が歩いてる。髪が炎みたいに揺らめく子が笑ってる。瞬きすれば、みんなただの人。でも俺の視界は、確かにそう翻訳してる。
《描画機能、フル稼働中です。……壮観でしょう》
(お前、ちょっと自慢げだな)
《本システムの数少ない、見せ場ですので》
教本の、あの素っ気ない一文を思い出した。
『視界は、相手の生きる世界を「装い」として描画する。それは幻ではなく、翻訳である』
つまり──声のかけ方は、一種類じゃないってことだ。相手の世界が違うなら、こちらの言語を変える。
技の名は【擬態】。
実演しよう。俺がこの時期に覚えた、三つの声だ。
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一人目。ふわっふわのフリルの服の子。歩き方が軽い。視界の翻訳──背中に、小さい妖精の羽。
妖精の世界に、敬語の壁は分厚すぎる。だから──
「どしたの! その袋、プリクラ?」
「え、ちがうよ!? 雑貨!」
「雑貨で笑うことある? めっちゃ笑顔で歩いてたけど」
「うそ、笑ってた!?」
友達の距離から始める。彼女は笑って、袋の中身を見せてくれた。買ったばかりのマグカップが可愛くて、思い出し笑いしてたらしい。可愛いもので笑える人は、街で一番強い。
俺の視界の隅で、俺自身のステータスの書体が、ふっ、と丸文字に変わってた。
《擬態:妖精国モード。書体、変更しました》
翻訳されたのは、俺の方でもあった。
二人目。綺麗めのお姉さん。歩幅が真っ直ぐで、姿勢がいい。視界の翻訳──腰に、細身の剣。騎士だ。
騎士の世界に「どしたの!」は即死する。門前で斬られる。だから──
「あの……すみません。迷ってるわけじゃ、ないんですが」
一回、恐縮する。それから、まっすぐ。
「タイプで。声かけました」
お姉さんの眉が、ふ、と上がる。数秒の審査。騎士の誰何だ。名を名乗れ、目的を述べよ。審査に通れば──剣は抜かれない。
「……直球ですね」
「直球しか投げられなくて」
きちんとした世界の人は、こちらのきちんとした覚悟を審査する。審査に通れば、話は早い。
三人目。髪色の明るい、夜の似合う子。歩きながらもう楽しそう。視界の翻訳──髪の先が、ちらちらと火の粉みたいに光ってる。火の民。
火の世界の言語は、スピードとノリだ。
「お疲れーー!! 突然ごめん、ナンパじゃなくて──ナンパだよな笑 すまん!!」
「なにそれww」
「いや誤魔化そうとしたけど無理だった。髪色めっちゃ綺麗じゃん! 美容師でしょ!」
「ちがうしww でも美容師には言われる!」
嘘をつく前に自白する。火の世界では、正直の速さが芸になる。
⸻
三人、三様。同じ俺が、三つの声を使った。妖精の国の言葉、騎士の国の言葉、火の国の言葉。
擬態を使うたび、視界の中の俺の書体が変わる。丸文字に。明朝体に。ポップ体に。相手の世界の文字に、俺が翻訳されていく。
面白かった。街が、多言語の異世界だった。同じ駅の同じ雑踏が、実は無数の国の寄り合いで、俺はその国々を渡り歩く旅人だった。
──ただ、一つだけ、翻訳できない装いがあった。
鎧だ。
あの白銀の鎧の子たちにだけは、どの国の言葉も、うまく届かなかった。妖精の言葉は跳ね返され、騎士の言葉は黙殺され、火の言葉は完全防御された。
《鎧系統への有効打:記録上、ゼロ件です》
(教本にも載ってない。攻略法、演算できないのか)
《データ不足です。……そもそも、あの装いだけ、描画の理由を、本システムが把握していません》
教本にも載ってない。同期に聞いても「鎧は無理ゲー」で終わる。
俺はノートに書いた。「鎧=防御特化の敵。攻略難度S。後回し」。
──この一行が、どれだけ間違ってたか。答え合わせは、ずっと先だ。
ところで。
相手に合わせて変えた声は、俺の声なんだろうか。
三つの声のどれが本物か。それとも全部偽物か。全部本物か。
……考えるのはやめた。数字は上がってたから。
あの頃の俺の思考停止ボタンは、いつも同じ場所についてた。
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