幕間一 乾杯史・序
KPという男について、少しだけ。
あいつと初めて「街で」飲んだ夜のことだ。例の「見てみたい」の夜の、少し後。KPから珍しく連絡が来た。「今日、あの駅いる?」
いた。その日は戦果が渋くて、俺は少しささくれてた。
改札前で落ち合うと、あいつはコンビニの袋を提げてた。中身は、缶が二本。
「ほい」
「……飲むの? ここで」
「飲むの。ここで」
駅前の、邪魔にならない植え込みの縁に座った。プシ、と缶の開く音が二つ。乾杯、とKPが言って、缶を軽く当てた。
それだけだった。
それだけなのに、ささくれてた何かが、一口目で静かになった。
KPは、俺の戦果を聞かなかった。今日何枚だったとか、調子どうとか、一切。代わりに、どうでもいい話をした。会社の自販機のコーンスープの粒が全部出ない話。最近の俺の眉が整いすぎてて、たまに誰か分からない話。
俺は笑って、飲んで、また笑った。
ふと隣を見ると、少し離れた縁に、先客がいた。仕事帰りらしい女の人が一人、缶を持って、夜の駅前を眺めてた。誰を待つでもなく、ただ、飲んでた。
その人が缶を傾けて、小さく、
ん。
と言った。……言った? 音? どっちでもいい。うまい酒を飲んだ人の、あの音だった。
なんだか良いものを見た気がして、俺も自分の缶を飲んだ。ん。うまい。今日の渋さが、どうでもよくなっていく。
「なあKP。お前、駅で飲むの好きなの」
「好きっていうか」KPは少し考えて、言った。「駅って、誰かの帰り道だから。帰り道で飲む酒が、一番うまいんだよ」
こいつは時々、こういうことを言う。
KPは一度も、声をかけない。俺の知る限り、ただの一度も。なのにあいつは、いつも街にいる。いて、飲んでて、乾杯と言う。
それが何なのか、当時の俺は考えもしなかった。ただ、渋い夜の終わりにあの乾杯があると、なぜか救われる。それだけ知ってれば、十分だった。
乾杯の話は、まだ二回ある。
<幕間一・了>
---




