第20話 絶頂
一度、数字の話をさせてほしい。
俺の視界の隅には、開眼の夜からずっと、数字が住んでる。レベル。声かけ数。札の数。俺の半年の助走なんか知らない顔で、淡々と、現在だけを表示する。
この頃の数字は、こうだった。
【 Lv.23 】
声掛け:412 札:38
四百十二。
人生通算「大丈夫でした」一回だった男の、一年後の数字である。
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一年後の俺が、どれくらい戦えるようになってたか。ある夜の実戦ログを、そのまま置く。
金曜。夜の辺境。人の流れ、穏やか。
一人目。仕事帰りの、姿勢のいいお姉さん。
《系統:騎士。警戒値:中》
【擬態】、明朝体。一回恐縮してから、まっすぐ。「タイプで。声かけました」。三秒の誰何。通過。会話、四分。
チリ、、ン。
二人目。ふわふわの子二人組。難度高め。だが今夜の俺は調子がいい。
《系統:妖精×2。二人組補正:難度+》
【詠唱】の一言目に、先に笑いを一滴。「お話し中すみません、三十秒だけ怪しい者です」「怪しいの自覚あるんだww」。場の温度、上昇。友達の方も笑ってる。二枚同時は狙わない。礼儀として一枚。
チリ、、ン。
三人目。歩くの速い子。急いでる。無理はしない。「お気をつけて!」だけ置いて、離脱。追わない。それも技術。
四人目──
《警告。本日の残り体力を考慮してください》
(あと一人。いける)
《……いけますね、今夜のあなたは。予測値、本日最高》
夜風。雑踏。俺の足が、勝手に最適な角度に入る。半年間動かなかった足が、今は、考えるより先に動く。声が、伸びる。相手が、笑う。世界が、俺の設計図の通りに、優しく回る──
チリ、、ン。
《レベル上昇。【 Lv.23 】》
……なあ。
これ、気持ちよくないわけ、ないだろ。
⸻
レベルが上がると、視界は少しずつ多くを見せるようになってた。雑踏の中で、誰が潜ってて、誰が堅気か。俺にはもう、見える。時々、あの「装い」も見えた。妖精の羽。騎士の剣。火の髪。──そして、相変わらず何も通じない、白銀の鎧。
装備も変わった。減点の消えた服。整った眉。留めたまぶた。鏡の中の男は、一年前の床の男と、書類上同一人物である。
仲間もできた。死んだ目に光が戻ったダイ。何万回の一撃を持つイチ。渡り屋の同期たち。「は?」と言いながら付き合ってくれるKP。
そして、彼女がいた。辺境の夜に、綺麗に笑ってた人。
──諸君。これが絶頂というものだ。
声をかけるたび、レベルが上がる。
レベルが上がるたび、世界が増える。
毎朝、ベッドで(ベッドで、だ)目を覚まして、天井を見て、現状を数え上げる。数えるたび、全部が増えてる。人生は平坦な下り坂だと結論した男の、盤面がこれだ。序盤で詰んでたはずの将棋が、気づけば駒が増え、道が増え、盤の外まで世界が続いてた。
こんな分かりやすい人生があっていいのか。
良かったんだよ、あの頃は。数えられるものが、全部、上を向いてたから。
⸻
……一つだけ。
一つだけ、動かない数字があった。
【 ??? 】0
ステータスの一番下の、名無しの項目。声かけ四百十二回ぶん、レベル二十三ぶん、俺の人生がこれだけ動いたのに──そこだけが、開眼の夜から一度も、ぴくりとも動いてなかった。
(システム。ほんとに知らないのか、これ)
《……管轄外です》
(お前の画面だろ)
《本システムの画面に、本システムの知らない項目が、最初から、あるのです。……気味が悪い、とは、思っています》
まあ、バグだしな。
俺はその夜も、そう思って表示を閉じた。
閉じられるうちは、バグでいられるのだ。
<第2部・了>
あとがき(今日の発見):和みがないと、詰む。14話の俺の死番二連は、これが原因だった。あと、楽しんでる時と自信がある時のほうが、うまくいく。数字より先に、こっちを覚えといてほしい。
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