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第18話 セルケ


辺境、と俺たちが呼ぶ駅がある。


大きな路線に挟まれた、各駅停車しか止まらない駅。人の流れが穏やかで、夜も柔らかい。レベリングに向いた土地だ。強い敵から挑むな、勝てる場所で経験を積め。教本の言う漸進の定石で、俺はよく辺境に通ってた。


勝てる場所で勝つのは、逃げなのか。当時の俺の答えは「知らん。勝つ」だった。今もわりとそう思う。


その夜も、辺境にいた。


改札の外の小さい広場で、女の人が二人、立ち話をしてた。友達同士の、別れ際の長話。


遠目にも分かった。いい夜を過ごした人たちだ。


片方の人が、笑った。


──その笑い方が、綺麗だった。


声を立てて、目を細めて、髪がさらっと揺れて。楽しかった夜の余熱で笑う人の顔。街灯の下で、そこだけ少し、明るかった。


初めて見る種類の、笑い方だった。技術で引き出す笑いじゃない。誰にも見せるためじゃない、ただ、いい夜がそのまま顔に出てるだけの笑い。……ああいうのを見ると、人間って、いいな、と思う。攻略とか、そういうのの、ぜんぶ手前で。


定石で言えば、見送り推奨の場面だ。二人組は難度が上がる。会話の途中への割り込みは、さらに減点。


《当該場面の成功予測:低。見送りを推奨──》


なのに、俺の足は動いてた。


《──推奨……あれ? 足が》


(悪い。体が先に決めた)


心臓が、とくん、と一回、変な鳴り方をした。バクバクじゃない。とくん、だ。


「すみません、お話し中に」


型の出だしと違う言葉が出た。事実そのままの言葉。お話し中だったので。


驚いた二人に、俺は正直に言った。通りかかって、笑い方が綺麗だなと思って、それで声をかけてしまった、と。


型の設計図から見れば穴だらけだ。理由づけが弱い。打診が早い。採点すれば赤字だらけ。


でも彼女は、笑った。さっきの余熱のまま。


「なにそれ」


隣の友達が、笑いながら彼女をつついた。「聞いた? 笑い方、だって」「初めて言われたんだけど、それ」──彼女の声は、呆れてる形をして、まんざらでもなさそうだった。


なにそれ、は良い返事である。呆れ三割、面白がり七割。場の温度が、ふっと上がった。


少し話して、札をもらって、頭を下げて、離れた。


すれ違いざま、夜風が、石鹸みたいな匂いを運んだ。


彼女の名は、仮にセルケとしておく。



その夜のノート。戦果の記録の横に、妙な一行を書き足してる。


「型、途中から使ってなかった。なんでだろう」


なんでだろう、の答えは書いてない。書けなかったんだと思う。


《補足を記録します。当該会話中、本システムの予測値は、一度も安定しませんでした。数値が、上下に、踊り続けていました。……原因、不明》


(お前も分かんないのか)


《分かりません。ただ──面白い夜でした、とだけ》


システムが「面白い」を使ったのは、あの夜が初めてだった。


ただ、その夜の声かけが、それまでの何百回と違う手応えだったことだけは、体が覚えてた。


すっ、でも、どかっ、でもない。


ふわ、っとした何かが、確かに灯ってた。


ついでに言うと、あの夜、レベルアップの音は鳴らなかった。鳴らなかったのに、鳴った夜より、ずっといい夜だった。


その矛盾を、当時の俺は、深く考えなかった。


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