第14話 煉瓦の門
「昼の迷宮」というものがある。
教本の言う「順路」──日を重ねて、札から始めて、ゆっくり橋を架ける流派──には、専用の聖地があった。
煉瓦の門。古い赤煉瓦の駅舎がそびえる、あの巨大なターミナルだ。
昼の煉瓦の門は、明るい。人の流れが穏やかで、旅行者と待ち合わせが多くて、夜の駅とは空気の密度が違う。順路の民はここで昼に声をかけ、札を交換し、その日はそれで終わる。先を急がない。それが順路の定石。
その日、俺とダイと、渡り屋の同期がもう一人、三人で煉瓦の門に来ていた。
俺と同期は、札が安定して取れるようになってた。俺、二枚。チリン、チリン。同期、三枚。あいつの方が音が多い。ちょっと悔しい。この「隣の音が悔しい」って感覚、完全にゲームのそれである。
《相対比較は成長の燃料になります。ただし燃やしすぎに注意》
(お前たまに、いいこと言うな)
ダイは、ゼロだった。
服は変わった。型も暗記した。でも、最初の一声の壁は、装備じゃ越えられない。あの壁だけは、全員が生身で越える。俺は半年かかった。ダイは今、その壁の前にいる。
「……先、回っててください」
三度目にそう言われて、俺は彼を置いて回った。励ましは、あの壁の前では全部ノイズになる。半年前の俺が証人だ。
一時間後、戻ると──ダイが立ってた。
顔が、変だった。泣きそうな顔と笑いそうな顔が、正面衝突してた。
「……聞けました」
「は?」
「札。……もらえました。一枚」
聞けば、俺たちが札を増やすのを見て、悔しくて、「自分には無理なのかも」が最高潮に達した瞬間、体が勝手に前に出たらしい。声は裏返り、型は途中で飛び、しどろもどろの何かになった。
それでも、相手は笑って、札をくれた。
その札は、繋がらなかった。返事は一度も来なかった。俺の言葉で言えば、死番だ。
でも、その夜のダイの顔を、俺は一生忘れないと思う。
「不可能じゃ、ないんですね」
死んだ目だった男が、言った。
「俺、これで人生変えられるって……信じられました」
繋がらなかった一枚の札が、一人の男の「不可能」を消した。
札の価値は、札の先にあるとは限らない。
──ちなみにこの日の俺の戦果は二枚で、両方死番になった。理由は当時分からなかった。今なら分かる。俺の声かけには、まだアレが足りなかった。
アレの話は、もう少し先で。
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