第11話 オレンジの靴下
渡り屋には、儀のあとも通える広間があった。週末の練習会みたいなもんで、俺は当然、次の週も行った。人生が変わった場所に、通わない理由がない。
広間の隅に、あの男がいた。
儀の日に、隅で所在なさげにしてた男。ボサボサの髪。死んだ目。くたびれた服。
その全身のくすんだ色の中で、一箇所だけ、目が覚める色があった。
オレンジの靴下である。
《分析します。当該個体の服装統一感:欠落。ただし靴下のみ彩度が異常値》
(システムに服装をいじられる男……)
なぜそこだけオレンジなのか。上下と一切調和してない。コーディネートという概念が存在しない着方だった。強いて解釈するなら「引き出しの一番上にあった」以外の理由が思いつかない。
俺の実地の番が来て、外に出た。彼は見学だという。声が、まだ出ないらしい。
──分かる。分かるぞ。半年間、俺がそれだった。
俺は彼の見てる前で、型の通りに声をかけた。一人目、「連絡の札やってなくて」(画面、緑に光ってた)。二人目で──
チリ、、ン。
《レベル上昇。おめでとうございます》
(この音、ほんと脳に効くな……)
《はい。全員そうなります》
戻ると、彼はさっきより二割増しで死んだ目をして、でも、口だけ動かした。
「……すごいっすね」
「三ヶ月前まで、駅を三周して水買って帰ってた男だよ」
「……え?」
そこから、ぽつぽつ話した。彼の話し方は、電池の残り少ない機械みたいだった。言葉と言葉の間に、長い間がある。
でもその間の奥で、何かがまだ動いてる感じがした。
聞けば、ここに来たのは「藁にもすがる気持ち」らしかった。詳しくは語らなかったが、大事なものを失くして、進む道が消えて、全部ぶっ壊したくなって、それで、と。
死んだ目で、震えてて、声も出ない。なのに──来てる。先週も、今週も。
俺は、直感した。
こいつは、本物だ。
魂が抜けかけてる。でも、生きようとしてる。生きようとしてる人間だけが、藁を掴みに来る。掴む手が震えてることは、掴まない理由にならない。
帰り際、俺は言った。
「なあ。今度、服買いに行かない?」
彼は死んだ目のまま、二秒固まった。
「……なんでですか」
「そのオレンジ、戦力外だから」
彼の名は、仮にダイとしておく。
俺の物語の、もう一人の主人公の話だ。
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