↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

108/110

第99話 書けよ


その夜、俺は、最後の一周をしてた。


理由は、単純だ。翌週から、少し遠くに引っ越すことが決まってた(彼女との、次の話だ。詳細は、書かない)。だから、街に、挨拶をしに来た。


煉瓦の門を、昼に歩いた。順路の民が、今日も札を交換してた。


夕方、辺境で降りた。街灯の下に、誰もいなかった。いなくて、よかった。


夜、梟ノ森。焼き鳥屋で、おまかせを食った。「しばらく来れないんで」と言ったら、大将は「ん」とだけ言った。会計は、いつも通りだった。串は──出なかった。そうか。俺の分は、もう、出たもんな。


最後に、あの駅前に、戻ってきた。


全部が始まった駅。三周した駅。大丈夫でしたの駅。開眼の駅。十七連敗の駅。倒れた駅。卒業の駅。アイスの駅。


終電が近くて、人はまばらだった。俺は、植え込みの縁──KPとの定位置──に、一人で座った。


⸻


隣に、男が、座ってた。


いつからいたのか、気づかなかった。フードを、深く被った男だった。歳も、顔も、分からない。攻略でもなく、待ち合わせでもなく、ただ、座って、夜の駅を見てた。


俺と、同じ姿勢で。


なんとなく──ほんとうに、なんとなくだ──俺は、口を開いてた。


「……いい街ですよね、ここ」


フードの男は、すぐには答えなかった。


代わりに、ふ、と笑った。


……変な、笑い方だった。声でもなく、息でもなく。文字にしろと言われたら、俺には一文字でしか書けない。「w」。そうとしか書けない種類の、軽くて、古くて、全部知ってるみたいな笑い方。


「──で」


男が、初めて、口をきいた。


「お前は、これから、どうすんの?」


「…………」


引っ越します、とか。仕事が、とか。答えの候補は、いくつもあった。


でも、その問いは、なぜか、そのどれも聞いてない気がした。もっと手前の、もっとでかい何かを、聞かれてる気がした。三年半の全部を見てきた誰かに、「で?」と、続きを促されてるような。


俺が答えを探してるうちに、男は、立ち上がってた。


フードのまま、二、三歩、歩いて──思い出したみたいに、半分だけ振り返って、言った。


「──書けよ。それ」


「……え?」


「持ってんだろ、ノート。──もったいねえよ、あれ」


それだけ言って、男は、終電間際の雑踏に、混ざって、消えた。


……。


……誰だ、今の。


ノートのことなんて、一言も、言ってないぞ。鞄の中だぞ、今日は。


(……システム。今の、何者だ)


──返事は、ない。


……そうだった。もう、いないんだった。三年半の癖ってのは、抜けないな。


でも、なんとなく、分かった気がした。あいつがいたら、多分、こう言った。


《該当データ、なし。……考えるだけ野暮の類かと》


だな。www


この街には、最後まで、分からないものが残ってた。それでいい。全部分かる街なんて、潜る価値がない。


⸻


家に帰って、俺は、机に向かった。


ノートを、全部、出した。世界一情けないデータの一冊目から、目録の頁、読み直しの章、宛名のない領収書まで。三年半と、その後の凪の、全部。


これを、物語にする。


床で目を覚ましてた男が、声をかけて、レベルを上げて、登って、燃えて、落ちて、降りて、朝に還るまでの話。俺の恥と、無様と、天才かよ、と、うわあああの、全部。


誰のために?


──決まってる。


いつかの俺のためにだ。今夜もどこかの床で、天井じゃなくて木目を見ながら、「何のために起きるんだっけ」をやってる、顔も知らない、いつかの俺のために。


俺は、新しいノートの、一頁目を開いた。


一行目は、もう、決まってた。


『この街には、鎧を着た女が歩いている。』


---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。