第95話 どう思う?
ティロに再会したのは、それから少し後の、梟ノ森だった。
彼女と飯を食った帰り、駅前を通ったら──いた。あの、目のでかい後輩。もう二十一、二になってるはずだ。後輩らしき若いのを二人連れて、何か、熱く語ってた。
「──だから、行動なんだよ。一声で人生変わるから。俺の先輩がさ、駅三周して水二本買って帰る人だったんだけど──」
……俺の話、してるwww
俺は、少し離れて、聞いてた。ティロの語りは、上手くなってた。俺の言葉、兄貴分の言葉、四の間の言葉。いろんな借り物が、綺麗に編み込まれてた。若いのは目を輝かせて聞いてる。三年前の、あの夜の再演だった。配役だけが、一個ずつ、ずれて。
やがて、ティロが俺に気づいた。
「──え!? ミナモさん!?」
「よう」
「うわ、うわ、マジすか!! 久しぶりっす!! え、最近全然見ないから、みんな心配して──あ、こいつら俺の後輩っす!! この人が例の、水二本の!!」
例の水二本の、で通じるの、やめてほしいwww
後輩たちが「あの伝説の!!」みたいな顔をした。伝説の内容が水なんだよな。
ティロは、俺の卒業のことを、噂で知ってたらしい。少し迷ってから、彼は、聞いてきた。
「ミナモさん。……あの、一個だけ、聞いていいすか」
「ん」
「俺、今、あの頃のミナモさんの言葉とか、四の間とか、全部まとめて、こいつらに教えてるんす。行動しろ、数を打て、枠の外に出ろ、って。──これで、合ってますよね?」
……。
まっすぐな目だった。三年前、駅に走っていった夜と、同じ目。
俺の中に、言葉が、一気に押し寄せた。
言ってやりたいことが、山ほどあった。合ってる、でも順番がある。借り物の答えは、雷の日はいいが、雨の日に効かない。俺はその言葉たちで一回、正しさの怪物になって、大事な人に「ついていけません」と言われて、奈落まで──
全部、言いかけて。
全部、飲み込んだ。
……これ、俺が言ったら、どうなる?
ティロは「なるほど!!」と言って、俺の失敗談まで含めて、新しい借り物として装備するだけだ。俺がやったのと、同じことを。答えってのは、渡した瞬間に、相手の問いを一個、殺すのだ。三年半かけて、それだけは、身に沁みて知ってる。
じゃあ、俺がティロに渡せるものは、なんだ。
答えじゃないもの。装備できないもの。雨の日に、あいつの中で、あいつの声で鳴るもの──
口が、開いた。
「──おい、どう思う?」
「……え?」
「合ってるかどうか。お前は、どう思う?」
ティロが、固まった。
後輩たちも、固まった。
俺は、それだけ言って、ニッと笑って、片手を上げて、歩き出した。
「え、ちょ、ミナモさん!? 答えは!? え、どう思うって、俺が!? ……俺が?」
背中で、聞いてた。
俺が? の、二回目。あの二回目の「俺が?」の声の感じ。……うん。あれなら、大丈夫だ。問いってのは、ああやって、人の中に、引っかかるのだ。
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帰り道、我ながら、変な気分だった。
「おい、どう思う?」
……誰の言葉なんだろうな、あれ。
俺は誰からも、あの問いを、もらったことがない。俺の三年半に、問いだけくれる師匠なんて、いなかった。俺は答えを拾って、答えに溺れて、自力で岸に上がった口だ。
なのに、あの瞬間、あの問いは、まるでずっと前から俺の口の中に置いてあったみたいに、自然に、出た。
……まあ、いいか。
言葉ってのは、たまに、持ち主より先に、着いてる。
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