六 藤原匡親の判子
昼の神事が近づく頃、南宮会館の奥の一室には、祭りの音が届かなかった。
美月が白い帯を締め直されていた広間から、廊下を二つ隔てた先に、その応接室はあった。
まったく聞こえないわけではない。太鼓も、笛も、境内の歓声も、薄い壁と廊下を通って、低く滲むように入ってくる。だが、この部屋の中に入った途端、それらは祭りの音ではなく、遠い場所で起きている出来事のように聞こえた。
応接室と呼ばれているが、華やかさはない。
古い長机。灰色の金庫。壁に掛けられた歴代総代の写真。隅には古い石油ストーブが置かれている。窓は一つあるが、磨りガラスで、外の光は白く濁っていた。
藤原匡親は、その長机の前に座っていた。
黒い上着は椅子の背に掛けられている。白いシャツの袖口には、銀色のカフスが光っていた。祭りの場にいるには少し整いすぎた姿だったが、藤原という男にはそれが似合っていた。
机の上には、数枚の書類が置かれている。
神社関係の届出書。
文化財調査に関する確認書。
臨時立会人名簿。
遺物一時保管記録。
非公開資料閲覧に関する誓約書。
どれも、今日ただちに何かを裁くための書類ではない。
むしろ逆だった。
何かが起きた時に、あとから「すでに定められていた」と言うための紙である。
藤原はその紙を一枚ずつ手に取り、目を通していた。
文字の誤りはない。日付も、宛名も、所属も整っている。必要な空欄だけが残されていた。
人の名を書く欄。
時間を書く欄。
確認物の概要を書く欄。
引渡し先を書く欄。
空欄は便利だ。
事実がまだ決まっていない時ほど、空欄は役に立つ。
やがて、襖の向こうから控えめな声がした。
「失礼いたします」
「どうぞ」
入ってきたのは、南宮の事務方をしている初老の男だった。祭りの法被の上に黒い羽織をかけ、両手で茶封筒を持っている。
「藤原先生、こちらが北宮側から預かっております確認書です」
「ありがとう」
藤原は茶封筒を受け取り、中身を取り出した。
紙は古くはない。だが、文面は妙に古い言い回しで整えられていた。
奥木北鎮宮所蔵資料の一時閲覧につき、関係者以外への開示を禁ずる。
調査記録は、南北両宮および杜守文庫の確認を経た後に取り扱うものとする。
確認物の帰属および取扱いについては、奥木坐二柱神社および関係旧家との協議により定める。
藤原は目を止めた。
確認物。
便利な言葉だった。
発見物、とも書いていない。
出土品、とも書いていない。
祭具、とも、文書、とも、石板とも書いていない。
ただ、確認物。
名を与えないための名だった。
正確には、発見などではないのだろう。
奥木の奥に、ずっとあったものだ。
ただ、誰も表の台帳に載せなかった。
誰も研究者の前に置かなかった。
誰も名前を与えなかった。
名のないものは、存在しないものとして扱える。
だが一度でも紙の上に乗れば、それは手続きの中へ入る。手続きに入れば、確認者が生まれる。確認者が生まれれば、記録が残る。
そして記録は、時に実物より厄介だった。
「北宮側は、これでよいと?」
「はい。御前様のところから、今朝、使いの者が」
「御前様が直接?」
「いえ、杜守文庫の者からです。ただ、御前様の印はいただいております」
藤原は紙の末尾を見た。
杜守家の印がある。
古い家の印は、時に本人の言葉より重い。
「分かりました」
藤原は紙を机に置いた。
事務方の男は、少し落ち着かない様子で立っていた。
「何か?」
藤原が尋ねると、男は小さく頭を下げた。
「いえ。ただ、北宮の奥へ大学の先生方を入れ、未公開資料や遺物の確認に立ち会わせるとなると、後で何か問題にならないかと」
「黒沢教授と水科君のことですね」
「はい」
「問題とは?」
「その、所有や指定のことです。文化財になれば町としてはありがたい話ですが、北宮の方は表に出るのを嫌がりますし、杜守文庫も簡単には」
「だからこそ、順序を整えるのです」
藤原は穏やかに言った。
男はすぐに頷いた。
「はい」
「祭りの日は、人の気が大きくなる。普段なら動かないものも、今日は動く。柱も、人も、紙も同じです」
「紙も、ですか」
「ええ。紙は、動く前に置いておくものです」
男は意味を測りかねた顔をした。
藤原はそれ以上説明しなかった。
「水科君は、何時に北宮へ?」
「一時過ぎには、教授と合流すると聞いております」
「教授は?」
「大学から来られている黒沢教授です」
「同行者は」
「水科さん、北宮の神職が一名、杜守文庫の立会人が一名。それから、案内役として斎部嘉平が入る予定です」
藤原の指が、机を一度だけ叩いた。
小さな音だった。
「斎部君も入るのですか」
「山道と出蔵の鍵の関係で、必要だと」
「なるほど」
藤原は目を伏せた。
斎部嘉平。
小さな男だ。
だが、小さな男ほど隙間に入り込む。祭りにも、調査にも、旧家にも、酒席にも、噂にも。どこにも属さない男は、どこへでも入れる。
便利であり、危うい。
「水科君は、北宮の奥まで入ることを承知しているのですね」
「はい。教授から話は通っていると」
「本人に誓約書は?」
「まだです。現地で署名をいただく予定です」
「現地で?」
藤原は、そこで初めて少しだけ顔を上げた。
事務方の男は慌てたように言った。
「本来は事前にいただくべきですが、祭りの準備で手が回らず」
「責めているわけではありません」
藤原は微笑んだ。
「ただ、署名は先にしてもらいなさい」
「今からですか」
「ええ」
「水科さんを呼びますか」
「必要なら」
藤原は誓約書を一枚引き寄せた。
そこには、調査により知り得た未公開資料および確認物の内容を、関係者の許可なく外部へ開示しないこと、と記されている。
普通の文面だった。
研究者が非公開資料を見る時には、よくある誓約である。
だが、普通の文面ほど使いやすい。
普通だから、誰も警戒しない。
普通だから、署名する。
普通だから、あとで縛れる。
藤原は、机の右端に置かれていた印章箱を開けた。
中には、いくつかの判子が並んでいる。
南宮会館の事務印。
奥木坐二柱神社の受付印。
文化財保護協議会の確認印。
そして、藤原自身の認印。
藤原は自分の印を手に取った。
黒水牛の小さな判子だった。長年使っているため、縁がわずかに丸くなっている。役所にも、検察にも、審議会にも、財団にも、無数の紙に押してきた印だった。
判子とは、奇妙な道具である。
紙の上に、赤い形を残すだけだ。
それなのに、その赤い形一つで、人は入れる場所を得る。金が動く。土地が移る。資料が閉じられる。誰かの言葉が、正式な記録になる。
時には、誰かの人生の向きさえ変わる。
藤原は印面を確かめ、朱肉に軽く押し当てた。
赤い朱が、印の縁に薄く乗る。
事務方の男が少し緊張したように見ていた。
「これは、先生の確認印でよろしいのでしょうか」
「ええ。私は北宮へは立ち会いませんが、手続き上の確認はしました。そういう意味です」
「はい」
「書類とは、現場にいなくても、現場にいたことに近い効果を持つ」
藤原はそう言って、確認欄に判子を押した。
小さな音がした。
紙の上に、藤原匡親の名が赤く残った。
その音は、太鼓よりずっと小さい。
だが、藤原にとっては太鼓より確かだった。
外では、柱が動くたびに人々が声を上げる。男たちが肩に綱を食い込ませ、土と汗にまみれながら木を曳く。南宮の神は、そうした動きを好む。
だが、藤原は別のものを動かす。
紙。
印。
証言。
順序。
記録。
人がどれほど叫んでも、最後に残るのは紙だ。
叫び声は消える。
顔色は変わる。
約束は忘れられる。
だが、紙は残る。
残った紙が、過去の形を決める。
「水科君には、署名を」
藤原は誓約書を男へ渡した。
「北宮へ向かう前に必ず」
「承知しました」
「それから、土師君にも控えを」
「土師さんにもですか」
「彼は同席しないのでしょう」
「はい」
「だからこそ、同じ文面を見せておくとよい。自分が外されたことを知る者には、外された理由を紙で示した方が納得しやすい」
「なるほど」
事務方の男は頷いたが、おそらく半分も理解していなかった。
それでよい、と藤原は思った。
全員が理解している必要はない。
紙は、理解されるためではなく、使われるためにある。
男が書類を整え、部屋を出て行くと、応接室には藤原一人が残った。
外の太鼓が少し大きくなった。
昼の神事が近いのだろう。
藤原は椅子の背にもたれ、磨りガラスの窓を見た。外の人影はぼんやりと動いている。誰が誰なのかは分からない。ただ、祭りの熱だけが白く揺れていた。
北宮の出蔵から出たものが、ただの古い祭具ならよい。
封印石。
供物台。
祭壇の一部。
あるいは、逆柱祭に使われた名もない石。
その程度なら、いくらでも処理できる。
問題は、それが失われたはずのものに繋がる場合だった。
藤原自身も、その全てを知っているわけではない。
奥木には、知っている者がいなくなった後も、作法だけが残ることがある。記録は焼かれ、名は消され、理由は忘れられる。それでも、石は動かすな、北へ入る時は足を洗え、柱の年には戸を閉めろ、という形で、意味の抜けた決まりだけが残る。
古い秘密を守る者たちでさえ、守っているものの始まりを、すべて覚えているわけではない。
むしろ、長く続いた仕組みほど、自分たちがなぜそれをしているのかを忘れる。
忘れても、使うことはできる。
奥木には、そういうものがある。
誰も名を口にしない。
誰も正面から見ようとしない。
それでも、誓約の前に置かれ、裏切りの後に確かめられ、罪を抱えた者の沈黙を測るもの。
使えてはいる。
だが、読めてはいない。
それで足りる時代が長く続いた。
誰が従うか。
誰が裏切るか。
誰の罪を握れるか。
誰を奥木の外へ出し、誰を権力者の傍らへ置くか。
それだけ分かれば、扱う者たちには十分だった。
しかし、それが本来何を閉じ、何を鎮め、何を恐れていたのか。
そこまでは、もう伝わっていない。
伝わっていないということは、存在しないこととは違う。
その失われた部分に、今日の確認物が触れているなら。
そして、水科という名を持つあの青年が、それを読めるなら。
話は別だった。
藤原は机の上の誓約書に視線を落とした。
水科。
古い祭礼記録の中で、目立たぬ場所に出てくる名だった。
神主ではない。
総代でもない。
杜守でもない。
祭りの中心に立つ家ではない。
だが、北の道に関わる名。
道とは、ただ歩く場所ではない。
何かを運ぶためにある。
何かを移すためにある。
何かを、奥へ入れるためにある。
あるいは、奥から遠ざけるためにある。
藤原は、水科晴臣の顔を思い浮かべた。
若い研究者。
奥木の子。
水科家の息子。
秦美月の婚約者になる男。
そして、余計なものを見つける目を持つ男。
襖の向こうで別の足音が止まった。
「入っても?」
守部冬真の声だった。
「どうぞ」
冬真が入ってきた。
片手には来賓の案内資料を持っている。先ほどまで表で笑っていた顔とは違い、部屋に入った途端、少し表情を落とした。
「来賓対応は?」
「一段落しました。午後の席順は総代が見ています」
「そうですか」
藤原は机の書類を整えた。
冬真の視線がそこへ落ちる。
「北宮の書類ですか」
「手続きの確認です」
「祭りの日にまで」
「祭りの日だからこそです」
藤原は答えた。
「人が多い日は、物事が動く。動いたものを後で拾おうとすると、形が崩れる。だから先に紙を置いておく」
「先生らしいですね」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
冬真は少し笑った。
だが、その笑みには落ち着きがなかった。
藤原はそれを見た。
「何かありましたか」
「いえ」
「美月さんのことですか」
冬真の表情が止まった。
一瞬だけだったが、十分だった。
「先生は、何でもお見通しですね」
「そうではありません。君は分かりやすい」
「それは困ります」
「困るほどのことではない。若い頃の感情は、誰にでもある」
冬真は視線を逸らした。
「感情だけなら、いいんですが」
「違うのですか」
冬真は黙った。
部屋の外では、誰かが廊下を走る音がした。すぐに女の声が注意し、足音は小さくなる。
藤原は待った。
検事時代から、人は沈黙の後に本音をこぼすことが多いと知っている。
やがて冬真が言った。
「晴臣は、何でも持っているように見える時があります」
「君の方が、持っているように見える人間もいるでしょう」
「分かっています。だから余計に嫌なんです」
冬真は視線を落とした。
「俺には、役職も、財団の名前も、祭りの席もあります。でも、美月が自然に見るのは晴臣です。あいつは何も奪っていない。誰かを押しのけたわけでもない。ただ、最初からそこにいる」
「だから、責める理由がない」
藤原が言った。
冬真は答えなかった。
「理由のない感情は、扱いに困るでしょう」
冬真の指が、資料の端をわずかに握った。
「……はい」
「なら、理由が欲しくなる」
藤原の声は穏やかだった。
冬真は顔を上げなかった。
「晴臣君には、悪意がないのでしょう」
「はい」
「悪意がないことは、罪ではない」
「分かっています」
「ただ、悪意がない人間が、誰かを傷つけないとは限らない」
冬真は顔を上げた。
藤原は淡々と続けた。
「本人にそのつもりがなくても、立っているだけで誰かの場所を塞ぐことはある。光の当たる場所にいる者は、自分の影がどこへ落ちているか分からない」
冬真は机の上の書類を見た。
「晴臣が北宮で何かを見つけたら、どうなりますか」
「見つけたものによります」
「町は変わりますか」
「変わるかもしれない」
「財団は?」
「止まる事業もあれば、動く事業もあるでしょう」
「美月は?」
藤原は少しだけ目を細めた。
冬真自身も、自分がなぜその問いを口にしたのか分かっていないようだった。
「美月さんは、晴臣君の婚約者になるのでしょう」
「まだ正式ではありません」
「しかし、そういうことにはなっている」
冬真は口を閉ざした。
藤原は立ち上がり、机の上に置かれた誓約書を一枚手に取った。
「守部君。人の運命は、大きな事件でだけ変わるわけではありません」
冬真は藤原を見た。
「紙一枚で変わることもある。署名一つ、印一つ、証言一つ。誰かが少し遅れ、誰かが少し黙り、誰かが少し違う言い方をする。それだけで、道は分かれる」
「それは、晴臣の道ですか」
「誰の道でもあります」
藤原は誓約書を机に戻した。
「私は、晴臣君に何かをするつもりはありません」
その言葉は、嘘ではなかった。
少なくとも、この時点では。
藤原はまだ、晴臣への対処を決めてはいない。だが、晴臣が何を見つけるかによっては、動かねばならないと考えていた。
動く時に備えて、紙を整えているだけだ。
冬真は藤原の言葉を聞き、ゆっくり息を吐いた。
「先生は、いつもそう言いますね」
「何を?」
「何かをするつもりはない、と」
「実際、何もしていません」
藤原は微笑んだ。
「ただ、何かが起きた時に、町が壊れないようにしているだけです」
「町のためですか」
「町のため。神社のため。人のため。そういう言い方はいくらでもできます」
「本当は?」
「均衡のためです」
冬真は黙った。
藤原は窓の方へ歩いた。
磨りガラス越しに、外の光が白く滲んでいる。そこに人影が一つ、二つ、ゆっくり流れた。
「奥木は、表から見るより脆い土地です。古い家、古い神社、古い約束、古い罪。そういうものを薄い紙で何枚も重ねて、ようやく形を保っている」
「紙で、ですか」
「ええ」
藤原は振り返った。
「だから私は、紙を大事にする」
冬真は、机の上の判子を見た。
赤い朱肉がまだ乾ききっていない。
「晴臣は、紙よりも物を信じる」
「研究者ですからね」
「遺物、記録、痕跡。そういうものを見つければ、紙で隠してきたことも暴く」
「かもしれません」
「それでも、止めないのですか」
藤原は少しだけ笑った。
「今はまだ、止める理由がありません」
「理由ができたら?」
「その時は、その時です」
短い答えだった。
だが、冬真には十分だった。
理由ができれば、藤原は動く。
そして理由は、作ることもできる。
冬真はその考えを振り払おうとした。
まだ何も起きていない。
晴臣は北宮へ行くだけだ。教授と遺物を確認し、戻ってくる。夜には美月と柱曳きを見る。水科家で赤飯を食べ、婚約の話をする。
それだけのはずだった。
それだけで済んでしまえば、自分はただ笑って祝う側に立つ。
奥木の若手として、幼馴染として、美月を取られた男として、それでも祝う。
冬真は、自分がその場所に立つことを想像した。
息が詰まった。
「守部君」
藤原の声で、冬真は我に返った。
「はい」
「晴臣君が北宮から戻ったら、私のところへ案内してください」
「分かっています」
「急がせる必要はありません。ただ、彼が誰かに何かを話す前に、少し話を聞いておきたい」
「美月より先に、ですか」
冬真が言った。
口にした瞬間、自分でも嫌な言い方だと思った。
藤原はそれを咎めなかった。
「できれば」
冬真は頷いた。
それが何を意味するのか、完全には分かっていなかった。
分かりたくなかったのかもしれない。
「承知しました」
冬真はそう言った。
その時、廊下の向こうから、美月の声が聞こえた。
誰かに呼ばれて返事をする、明るい声。
冬真は反射的にそちらを見た。
藤原は、その動きを見ていた。
「よく見ていますね」
「幼馴染ですから」
「そうでしたね」
藤原の声は穏やかだった。
冬真は資料を持ち直した。
「失礼します。午後の来賓対応に戻ります」
「お願いします」
冬真は一礼し、部屋を出て行った。
襖が閉まる。
藤原はしばらくそのまま立っていた。
やがて机へ戻り、書類をもう一度整えた。
誓約書。
確認書。
立会人名簿。
保管記録。
どれも、まだ白い部分を残している。
藤原は空欄を見つめた。
空欄は、未来のためにある。
まだ起きていないことを、あとから正しい形に収めるためにある。
外の太鼓が鳴った。
南宮の広場で、柱が再び動き出したのだろう。人々の歓声が遠くから上がる。
藤原は、朱肉の蓋を閉じた。
小さな音がした。
それは、何かに蓋をする音に似ていた。
同じ頃、晴臣は会館の外で、胸元の守り袋に手を当てていた。
美月は広間で、白い帯を締めたまま人々に囲まれていた。
土師倉之介は、藤原から受け取った名刺の端を手帳に挟み直していた。
斎部嘉平は、北宮へ続く道の入口で、誰かと短く言葉を交わしていた。
それぞれが、まだ自分のしていることの意味を知らなかった。
ただ、紙だけは先に整えられていた。
判子の赤だけが、白い紙の上で乾き始めていた。




