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人形劇  作者: あかさたな


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8/22

8. 余波

 


 放課後の鐘が鳴る頃には、シルビアはひどく疲弊していた。

 授業そのものは問題なかった。

 公爵夫人に叩き込まれた知識のおかげで、歴史も礼法も十分についていける。

 問題は、授業の合間だった。

 休み時間になるたび、周囲から無数の視線が向けられる。


 好奇心。

 探るような眼差し。

 そして、どこか刺々しい敵意。


 そのほとんどが、昼前の出来事のせいだった。


 ――王子が、自ら彼女に声をかけた。


 たったそれだけで十分だった。

 シルビアが廊下を歩けば、ひそひそと囁きが起こる。


「あの方でしょう?」

「殿下が手を取った……」

「どういう関係なのかしら」


 聞こえないふりをして歩く。

 セリーヌとして、顎を上げて、視線を揺らさず。

 それでも、胸の奥はずっとざわついていた。


 授業が終わり、迎えの馬車へ向かう途中だった。


「セリーヌ様」


 呼び止められて振り返る。

 そこにはミレイユと、二人の令嬢が立っていた。

 柔らかな笑みを浮かべている。

 けれど、その瞳は笑っていない。


「ごきげんよう」


 シルビアもまた、微笑みを返す。


「何かご用かしら」


 ミレイユが一歩近づいた。


「少し、気になってしまって。殿下とは以前からお知り合いなのですか?」


 やはり、それか。


 シルビアは表情を変えない。


「まさか」


 軽く肩をすくめる。


「本日初めて、きちんとご挨拶したばかりですわ」

「まあ、そうでしたの」


 ミレイユは納得したように頷きながらも、その目は鋭かった。


「では、どうして殿下があれほど親しげに?」


 問いかけというより、追及だった。

 周囲の令嬢たちも答えを待っている。

 シルビアはゆっくりと微笑んだ。


「さあ。殿下のお考えなど、わたくしに分かるはずもありませんわ」


 そして、わずかに顎を上げる。


「もし気になるのでしたら、ご本人にお尋ねになれば?」


 ぴたり、と空気が止まった。

 ミレイユの口元がわずかに引きつる。

 王子に直接尋ねられるはずがない。

 それを分かったうえで言っている。

 そう受け取られただろう。


「……そうですわね。では失礼いたしました」


 三人はそのまま去っていった。

 その背中を見送りながら、シルビアはそっと指先を握る。

 また一つ、距離を作ってしまった。

 それでいい。

 それで、いいはずなのに。

 胸がちくりと痛んだ。



 ***



 帰りの馬車の中は、朝以上に重苦しかった。

 向かいに座るアシュレイが、じっとこちらを見ている。

 その視線があまりにも露骨で、シルビアは眉をひそめた。


「何か?」


 問えば、アシュレイは鼻を鳴らす。


「……お前、何をした」

「何のことですの?」

「とぼけるな。殿下のことだ」


 低い声には苛立ちが滲んでいた。

 噂は思った以上に広がっていたらしい。

 まさか、一学年上のアシュレイの耳にまで届くとは。


「お前を気にするなんて、どう考えても異常だ」

「わたくしにも分かりませんわ」

「本当に、心当たりはないのか?」


 灰色の瞳が鋭く細められる。


「疑うのでしたら、お好きになさって」


 そう言って窓の外へ視線を向ける。

 しばらく沈黙が続いた。

 やがて、アシュレイがぽつりと呟く。


「……面倒なことになるな」


 シルビアは何も返さなかった。



 ***



 屋敷へ戻ると、すぐに公爵夫人の部屋へ呼ばれた。

 薄暗い室内には、甘い花の香りが漂っている。

 公爵夫人は窓辺に立ち、夕焼けに染まる庭園を眺めていた。


「お帰りなさい」


 振り返ったその顔には、穏やかな笑み。


「初日はどうだった?」


 シルビアは完璧な姿勢で答える。


「セリーヌとして、演じきれました」

「そう」


 公爵夫人はゆっくり歩み寄る。

 青い瞳が、まっすぐシルビアを射抜いた。


「聞きたい事があるの。どうして初日から殿下があなたに興味を示したのかしら」 


 その白い指が、そっとシルビアの顎を持ち上げる。

 心臓が、どくんと大きく鳴った。


「……わかりません」


 正直に答えるしかない。

 公爵夫人はじっと見つめていた。

 そして、ふっと微笑む。


「いいえ。これは、予想以上の出来栄えということね」


 その笑みは、ぞっとするほど美しかった。

 シルビアは目を見開く。


 怒られると思った。

 失敗だと責められると思った。

 けれど違った。


 公爵夫人の瞳には、狂気じみた歓喜が宿っていた。


「素晴らしいわ、セリーヌ」


 頬を撫でる指先が冷たい。


「物語が、わたくしの想像を超え始めている」


 ぞくり、と背筋が冷えた。


「期待しているわ」


 耳元で囁かれる。

 シルビアの喉がかすかに震えた。



 ***



 その夜、ベッドに横たわりながら、シルビアはぎゅっと目を閉じた。


 王子の探るような蒼い瞳。

 引きつったミレイユの顔。

 鋭いアシュレイの視線。

 公爵夫人の恍惚とした笑み。


 すべてが絡み合って、胸が苦しくなった。



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