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人形劇  作者: あかさたな


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9. 違和感

 


 翌朝、教室へ向かう廊下は昨日以上に騒がしかった。

 シルビアが姿を見せた瞬間、そこかしこで囁きが生まれる。


「あの方よ」

「昨日、殿下に声をかけられていた……」

「本当に公爵家の養女なの?」


 ひそやかな声は抑えられているはずなのに、不思議とはっきり耳に届く。

 シルビアは表情を変えない。

 顎を上げ、視線を揺らさず、優雅な歩幅で進む。

 どれほど胸がざわついていても。

 セリーヌは気にしない。


 そう、演じる。


 教室へ入ると、空気がわずかに張りつめた。

 廊下の視線とは少し違う。

 好奇心だけではなく、もっと別の意識が向けられている。

 その理由はすぐに分かった。

 窓際の席に座るレオンハルトが、まっすぐこちらを見ていたからだ。

 蒼い瞳が静かに細められる。

 その視線に、シルビアの背筋がひやりとした。


 どうして。

 何か、おかしいのだろうか。


 シルビアは何事もないように微笑み、自席へ向かう。

 その途中。


「おはよう、セリーヌ嬢」


 穏やかな声が響いた。

 教室中の視線が一斉に集まる。

 昨日と変わらぬ柔らかな笑み。

 けれど、その瞳の奥にはどこか探るような色がある。


「ごきげんよう、殿下」


 淀みない所作でカーテシーを返す。

 レオンハルトはその所作をじっと見つめていた。


「もしかして、昨日は緊張していたかな」

「入学初日でしたもの。当然ですわ」


 淀みなく答える。

 公爵夫人に教え込まれた通りの、少しだけ気取った声音で。

 レオンハルトはふっと笑った。


「そうか」


 それだけ言って、彼は視線を外した。

 短い会話だった。

 それなのに、シルビアの掌にはじっとりと汗が滲んでいた。

 まるで試されていたみたいだった。



 ***



 午前の授業中も、何度か視線を感じた。

 黒板へ向いていても。

 ノートを取っていても。

 遠くから、静かに観察されているような感覚。

 気のせいではない。

 そっと振り向くと、レオンハルトと目が合った。

 彼はすぐに微笑み、何事もなかったように視線を戻す。

 その自然な仕草が、かえって恐ろしかった。


(どうして……)


 心臓が速くなる。


 何かを見抜かれた?

 それとも、公爵夫人の望む通り、興味を持たれている?


 分からない。

 分からないことが、何より怖かった。



 ***



 昼休みにシルビアは一人、中庭へ向かっていた。

 人目の少ない場所で少しでも気を休めたかった。


 春のやわらかな陽射し。

 風に揺れる花々。


 ほんの束の間、張りつめた心がほどけかける。

 その時だった。


「ここにいたんだね」


 背後から声がした。

 振り返ると、そこに立っていたのは、レオンハルトだった。

 シルビアの呼吸が止まる。


 どうして、ここに……?


「殿下……?」


 レオンハルトは穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと近づく。


「少し、君と話してみたくて」


 逃げ場がない。

 シルビアは反射的に、公爵夫人の教えを思い出した。


 視線。

 間。

 微笑み。


 すべてを、完璧に演じる。


「わたくしと?」


 ほんのわずかに首を傾げる。

 レオンハルトはその仕草を見つめてから、不意に問いかけた。


「君はいつも、そうしているの?」


 シルビアの胸が凍りつく。


「……どういう意味でしょう」


 レオンハルトの蒼い瞳が、まっすぐに射抜く。


「まるで、誰かを演じているみたいだ」


 世界が、止まった気がした。



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