4. 冷たい食堂
翌朝の食堂は、想像よりも静かだった。
人が多いはずなのに、音が少ない。
食器が触れる音すら、どこか遠慮がちだ。
それが、この家の普通なのだとシルビアは理解する。
席はすでに決められていた。
上座に公爵。
その隣に公爵夫人。
そしてその向かい側に、アシュレイ。
そのさらに少し離れた位置に、シルビア。
椅子に座ると、背筋が自然と固くなる。
視線を感じて周囲を見渡すが、誰とも目が合わない。
使用人が静かに料理を運ぶ。
サラダ、スープ、パン、卵料理。
どれも丁寧に作られていて、見た目は完璧だった。
「さあ、いただきましょう」
公爵夫人の合図で、全員が食事を始める。
スプーンと皿が触れる音、パンが割れる音。
それだけが、淡々と続いていく。
シルビアもスプーンを取る。
スープを口に運ぶと、思っていたよりもずっと繊細な味がした。
温かいだけの液体ではない。
香りと旨みが幾重にも重なっている。
(こんなスープがあるんだ……)
感動に近いものが胸を掠めたが、それを顔には出さない。
ここで浮かれてはいけない。
「……母上」
不意に、アシュレイの声が耳に掠める。
視線はスープに向いたまま、彼の言葉に意識した。
「これからずっとこの女と同じ席で食事をするんですか」
シルビアの手が止まりかけるが、意識的にスプーンを動かして、そのまま、ゆっくりと口に運ぶ。
公爵夫人は、淡々とした声音で返した。
「何か問題が?」
「問題しかないでしょう。昨日の態度もそうですし……これを身内扱いするのは無理があります」
「身内扱いをしているつもりはないわ」
淡々とした声で、さらりと返される。
そこに感情はほとんどない。
「今は公爵家の養女だけど、それは卒業までの話よ」
「なら、余計に距離を考えるべきでは?」
アシュレイの声色は鋭い。
公爵がそこで初めて口を開いた。
地の底が響くような低い声だった。
「アシュレイ、食事中だ」
「……失礼いたしました」
アシュレイは短く息を吐き、視線を落とす。
食堂に、再び静けさが戻る。
シルビアは、ふとアシュレイを見る。
彼がいつからこちらを見ていたのか、分からない。
目と目が合った。
シルビアの手が、わずかに止まる。
野生的な灰色の瞳。
冷たいというより、観察するような色があった。
朝食後、自室に戻ろうとした時、アシュレイから呼び止められた。
「……昨日から思っていたが、お前、ずっとその態度なのか」
「どのような態度でしょうか」
アシュレイは小さく眉を寄せた。
「その、いちいち人を見下すようなところだ。人を馬鹿にしているように見える」
一瞬だけ、胸の奥が痛む。
違う。
見下してなんかいない。
そう言いたいのに、言えない。
代わりに、唇だけが動く。
「見下しているつもりはありませんわ」
「そうは聞こえない」
「それは、お聞きになる側の問題ではなくて?」
一瞬で空気が凍る。
アシュレイの目が、ほんのわずかに細くなる。
「……やっぱり気に入らないな」
ぽつりと落とすように言った。
それは怒りというより、確信に近かった。
「では、ごきげんよう」
シルビアはそのまま踵を返した。
自室に入るまで、ずっと見られているような気がした。




