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人形劇 〜悪役令嬢を演じさせられた少女は王子を翻弄する〜  作者: のぎこ


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26. 舞踏の誤算

 


 楽団が、ゆるやかに序奏を奏ではじめた。

 ざわめいていた大広間が、次第に静まっていく。

 無数の視線が、広間の中央へと注がれていた。


 磨き上げられた白大理石の床。

 巨大なシャンデリアの光が降りそそぐ、その中心。


 そこへ、レオンハルトが歩み出る。


 白の礼装に身を包んだ姿は、眩いほどに洗練されていた。

 金糸の刺繍が光を受けてきらめき、その蒼い瞳は真っ直ぐにシルビアを見つめている。


 やがて彼が、優雅に片手を差し出した。


「セリーヌ嬢」


 シルビアは小さく息を吸った。


 やるしかない。

 踊りの終盤、ターンの瞬間に殿下をよろめかす。


 それだけでいい。

 ほんの僅かな乱れが、殿下の心に違和感を刻む。

 それが、公爵夫人の脚本。


 シルビアは微笑みを浮かべると、そっと彼の手に自らの指を重ねた。


「よろしくお願いいたしますわ、殿下」

「こちらこそ」


 レオンハルトが柔らかく微笑む。

 そのまま、楽曲が本格的に始まる。


 レオンハルトの手が背中へまわり、もう片方の手が指先を包む。

 自然で、揺るぎないリード。

 滑るようにステップを重ねるたび、ドレスの裾が星のように煌めいた。

 会場から、小さな感嘆が漏れる。


「なんて美しい……」

「息がぴったりだ」


 そんな囁きが聞こえる。

 けれどシルビアには、それどころではなかった。


 近い。

 あまりにも。


 指先から伝わる熱。

 腰に添えられた手の確かな力。


 そして何より、レオンハルトの視線が離れない。


「緊張してる?」


 近くで囁かれ、シルビアは眉をひそめた。


「まさか」


 強がって返す。

 するとレオンハルトは、くすりと笑った。


「嘘だね。左手に少し力が入ってる」


 シルビアは目を細めて、冷たく言う。


「殿下こそ、随分と余裕がおありなのですね」

「好きな相手と踊れてるんだ。余裕なんてあるはずないよ」


 さらりと落とされた言葉。

 シルビアの呼吸が止まる。


 けれど、それを受け止める暇もなく、曲は終盤へ差しかかっていた。


 問題のターンが近づいてくる。

 シルビアの背筋が強張った。


 ほんのわずか。

 ほんの一瞬だけ。

 わざとらしくなく、自然に。


 そう、自分に言い聞かせる。

 レオンハルトが彼女を引き寄せ、回転へ導く。


 その時、シルビアは、指示通りわずかに体重を預けた。

 けれど、背中の手に、ぐっと力がこもる。

 レオンハルトが、異変を察したのだ。


 彼は一瞬で重心を支え、そのまま流れるように身体を反転させた。

 予定にはない軌道。

 シルビアの身体が、大きく弧を描く。


 驚きに目を見開くが、厳しく叩き込まれた身体が反射的に動いた。


 爪先を滑らせる。

 軸を保つ。

 腕を伸ばす。


 そして、くるり、と。

 光をまとったように、美しく回りきった。

 そのままレオンハルトの腕の中へと収まる。


 次の瞬間。

 わあっと、会場中から歓声が沸き起こった。


「素晴らしい……!」

「今の即興か!?」

「なんという完成度だ」


 惜しみない拍手。

 シルビアは呆然としていた。


 成功、した?

 いや、違う。

 これは――。


「見事だった」


 国王の声が響く。

 玉座の傍らから、満足げな笑みを浮かべている。

 王妃も目を輝かせていた。


「まあ……なんて美しいワルツでしょう」


 周囲の貴族たちも称賛の言葉を惜しまない。


「まさに理想の組み合わせ」

「殿下のお相手に相応しい」


 その声に、シルビアの血の気が引いた。

 視線を彷徨わせる。

 そして見つけた。

 穏やかな微笑みを浮かべている公爵夫人。

 けれど、その扇を握る指先が、白くなるほど強く力を込められていた。


 ――失敗した。


 理解した瞬間、血の気が引いた。

 その時、レオンハルトの手がそっと離れた。

 そして、周囲には聞こえぬほどの声で、耳元に囁いた。


「……君は、わざとバランスを崩したね」


 ぞくり、と背筋が震える。

 責めるような声音ではない。

 むしろ静かで、穏やかで。

 それなのに、確信を孕んでいた。


 シルビアは顔を上げる。

 蒼い瞳が、まっすぐにこちらを見つめている。

 すべてを見抜くように。


「なんのことでしょうか」


 かろうじて絞り出す。

 するとレオンハルトは、ふっと微笑んだ。


「そうやって誤魔化すんだね。けれど、君がそんな顔をする時は、だいたい図星だ」


 その言葉に、心臓が凍りつく。


 楽団が次の曲を奏ではじめる。

 華やかな音色の中。


 シルビアだけが、自分が取り返しのつかない何かを露呈してしまった気がしていた。




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