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人形劇 〜悪役令嬢を演じさせられた少女は王子を翻弄する〜  作者: のぎこ


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27. 視線の行方

 



 惜しみない拍手が、大広間を満たしていた。

 中央で礼を交わしたシルビアは、かろうじて優雅な微笑みを崩さぬまま、公爵家の待つ場所へ戻った。

 胸の奥では、冷たい焦りが渦巻いている。


 失敗した。


 殿下に違和感を刻むどころか、称賛を浴びてしまった。

 しかも、最後のあの囁き。

 思い出すだけで、指先が冷える。


「見事だったわ」


 公爵夫人が柔らかく微笑んだ。


 その声音は穏やかで、傍目には慈愛に満ちて聞こえる。

 だが次の瞬間、扇で口元を隠したまま、シルビアの耳元へ顔を寄せた。


「……後で話しましょうね」


 ぞくり、と背筋が凍りつく。

 顔を上げると、公爵夫人は何事もなかったように優雅に微笑んでいた。


「殿下のお相手として、これ以上ない出来だったわ」


 褒め言葉のはずなのに、その青い瞳には氷のような冷たさが宿っている。

 シルビアは喉の奥をひりつかせながら、小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


 その様子を少し離れた場所から見ていたアシュレイが、わずかに眉を寄せた。

 けれど何も言わず、視線を逸らす。


 そんな張り詰めた空気を破るように、軽やかな声が割って入る。


「いやあ、さすがに見惚れました」


 カイルだった。

 柔らかく跳ねた茶髪を揺らしながら、人懐こい笑みを浮かべて歩み寄る。


「殿下相手にあれだけ完璧に踊れるなんて。これはぜひ、次の一曲をお願いしたいところです」


 芝居がかった仕草で手を差し出す。

 シルビアは扇を広げ、冷ややかに微笑した。


「申し訳ありません。すでに予定が埋まっておりますの」

「ああ、やっぱり」


 カイルは肩をすくめ、それからちらりとレオンハルトを見た。


「残念ですね、殿下。どうやら独占はできないみたいです」


 その言葉に、周囲の空気がわずかにざわつく。

 レオンハルトは表情を変えなかった。

 ただ、蒼い瞳が静かにシルビアを捉えている。


 その視線に気づかぬふりをして、シルビアは次の誘いに応じた。


「セリーヌ嬢、お約束の一曲を」


 声をかけてきたのは、フォルナー伯爵家の嫡男、ルシアンだった。


 端正な顔立ちに、落ち着いた物腰。

 若手貴族の中でも評判の良い人物だ。


「喜んで」


 シルビアはそっと手を預ける。

 楽団が次の曲を奏で始めた。



 ***



 フロアへ出た二人は、滑るように踊り始める。

 ルシアンのリードは丁寧で、安定していた。

 レオンハルトほど圧倒的ではないが、誠実さが伝わる踊り方だ。


 シルビアは、踊りの中でルシアンとの距離が近づくたび、肩がわずかに強張るのを感じた。

 ダンスの距離の近さは中々慣れそうにない。


 その時、穏やかな声が聞こえた。


「先ほどのワルツ、見事でした」

「ありがとうございます」

「殿下も、あなたから目を離せずにいらしたようだ」


 シルビアの指先がわずかに強張る。


「……そう見えまして?」

「ええ」


 ルシアンは微笑んだ。


「少々、羨ましくなるほどに」


 社交辞令めいた口説き文句。

 けれど嫌味はなく、自然だった。

 シルビアは仮面のような微笑みを浮かべる。


「お上手ですこと」


 その笑みに、ルシアンが目を優しく細めた。



 ***



 その光景を、レオンハルトがじっと見つめていた。

 彼女が他の男に触れている。

 彼女が向ける微笑み。

 腰を支えられて軽やかに踊る姿。


 胸の奥が、ざらつく。


 理由など考えるまでもない。

 気に入らない。

 知らず、グラスを持つ指に力がこもった。


「殿下」


 媚びるような甘ったるい声。

 横を見ると、エレノアが立っていた。

 深い赤の髪を美しく結い上げ、頬を赤らめている。


「次の一曲を、わたくしにいただけませんか?」


 周囲の令嬢たちが固唾を呑んで見守る。

 誰もが、この申し出を受けるものと思っていた。


 だが――。


「すまない」


 レオンハルトは、視線をフロアへ戻して言った。


「今は、その気分じゃない」


 エレノアの表情が凍りつく。


「……え」


 小さく掠れた声。

 その視線の先を追って、彼女は気づく。


 レオンハルトが見ているのは……。


 ダンスフロアで、他の男と踊るシルビア。


 その事実を理解した瞬間、エレノアの胸に黒い炎が燃え上がった。


 どうして。

 なぜ、あんな女を。


 琥珀色の瞳が、憎悪に揺れる。



 ***



 一方で、シルビアはそんな視線など知らぬまま、ただ次の恐怖を思っていた。


 ――後で話しましょうね。


 公爵夫人の囁きが、何度も脳裏で蘇る。

 華やかな舞踏の只中で、彼女だけが、これから訪れる罰に怯えていた。




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