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人形劇 〜悪役令嬢を演じさせられた少女は王子を翻弄する〜  作者: のぎこ


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25. 選ばれた華

 


 春季親睦会当日。

 アルヴェール公爵邸の支度部屋には、朝から慌ただしい空気が満ちていた。

 幾人もの侍女たちが、シルビアの周囲を忙しなく行き交う。

 髪を結い上げ、飾りを差し込み、ドレスの裾を整える。

 鏡に映る自分の姿を見て、シルビアは息を呑んだ。


 淡い月光を閉じ込めたような銀白のドレス。

 胸元には細やかな刺繍が施され、そこへ無数の小粒の宝石が散りばめられている。

 動くたび、星屑のようにきらめいた。


 扉からくすりと笑う声がして、振り向くと公爵夫人がいた。

 深い青のドレスを纏い、満足そうにシルビアを見つめている。


「似合っているわ」


 ゆっくりと歩み寄り、肩に指を置く。


「本当は親睦会に、相応しくないドレスを来てもらう予定だったのよ。だけど、夫に気付かれて怒られてしまったの。アロイスの前で公爵家の評判を下げることを公にすることは難しいわ。だから、修正することにしたの」


 公爵夫人の青い瞳が細められる。


「会場中があなたを見て、公爵家に相応しいと錯覚させる。その絶頂で、恥をかかせるのよ」


 耳元に囁かれる。


「出来るわね?」


 シルビアは拳を握りしめた。


「……はい」

「よろしい」


 公爵夫人は満足げに微笑んだ。


「今夜、殿下に決定的な屈辱を刻みなさい」



 ***



 王城の大広間は、まばゆい光に満ちていた。


 天井を埋め尽くす巨大なシャンデリア。

 磨き上げられた白大理石の床。

 壁を彩る金の装飾。


 高位貴族たちが華やかな衣装に身を包み、談笑している。

 そこに、アルヴェール公爵家が入場した。

 怜悧な美貌の公爵家当主にエスコートを受ける公爵夫人。

 その次に漆黒の礼装に身を包み、無駄のない所作で歩くアシュレイ。

 そして最後に現れたシルビアに、会場がざわめいた。


「……美しい」

「アルヴェール公爵令嬢が、あれほどとは」


 囁きが広がる。

 公爵夫人は満足げに微笑み、アシュレイは無表情のまま。

 シルビアはいつもの高慢な仮面を崩さず、堂々と歩みを進めた。

 すると、間もなく数人の令息たちが彼女を囲んだ。


「セリーヌ嬢、後ほど一曲お願いできますか」

「ぜひ私にも」

「予約はまだ空いておりますよね?」


 次々に差し出される誘い。

 シルビアは扇を軽く広げ、優雅に微笑む。


「ええ、構いませんわ」


 気高く。

 当然のように。

 その様子を見ていた周囲から感嘆が漏れる。


 さすがアルヴェール公爵令嬢。

 そんな空気が漂った、その時――。


「ずいぶんとお忙しそうですこと」


 鋭い声が割って入った。

 深い赤色の髪を揺らしながら、エレノアが歩み寄ってくる。

 琥珀色の瞳には、露骨な敵意が宿っていた。


「節操がないのも、ほどほどになさったら?」


 場の空気が凍る。

 シルビアは眉ひとつ動かさず、冷ややかに首を傾げた。


「まあ。ダンスのお申し込みを受けることが、節操のないことですの?」


 エレノアの表情が歪む。


「わたくしは、殿下以外とは踊りませんわ」


 誇らしげな声音。

 その言葉に、周囲の令嬢たちが頷く。


 さすがブランシュ侯爵令嬢。

 未来の王子妃候補らしい矜持。

 そんな空気だった。


 シルビアは扇で口元を隠し、小さく笑う。


「それは結構ですこと。わたくしには理解しかねますけれど」

「なんですって――」


 言い返そうとした、その瞬間。

 重々しいラッパの音が響き渡った。


「国王陛下、王妃殿下、王子殿下のご入場です!」


 会場中が、一斉にひざを折る。


 赤い絨毯の先。

 国王と王妃に続き、レオンハルトが姿を現した。


 白を基調とした礼装。

 金糸の刺繍。

 堂々たる佇まい。


 その姿に、令嬢たちが熱を帯びた吐息を漏らす。

 エレノアの表情が華やいだ。


 けれど、レオンハルトの蒼い瞳は、ただ一人。

 シルビアだけを捉えていた。


 真っ直ぐに歩み寄り、彼女の前で足を止める。


 彼はシルビアの前で立ち止まると、ほんの一瞬、言葉を失ったように目を見開いた。


「……綺麗だ」


 そして、夢を見るように微笑む。


「思っていた以上だ」


 蒼い瞳がまっすぐ彼女を見つめる。


「今夜の君は、誰よりも目を引く。ファーストダンスを君と踊れるのを楽しみにしている」


 そう囁いてから、彼は去っていった。

 残されたシルビアの背に、無数の視線が突き刺さる。



 ***



 王族への挨拶の列が並んだ。

 アルヴェール公爵家も順に進み、国王夫妻の前へ立つ。

 公爵が口上を並べ、一斉に一礼する。

 顔を上げると、王妃が柔らかく微笑んだ。


「まあ……噂以上に愛らしい娘ね」


 思わぬ言葉に、息が詰まる。

 その隣で、レオンハルトがわずかに笑みを深くした。

 公爵夫人は笑みを崩さなかった。

 けれど、その指先が僅かに強く扇を握りしめたことを、シルビアは見逃さなかった。


 挨拶が終わり、しばしの歓談の後。

 楽団が最初の楽曲の準備を始めていた。


 ついに、ファーストダンスの時間が訪れる――。




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