表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形劇 〜悪役令嬢を演じさせられた少女は王子を翻弄する〜  作者: のぎこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/49

24. 静かな檻

 


 昼休みが終わるまで、まだいくらか時間が残っていた。

 レオンハルトに促されるまま、シルビアは図書室へ向かっていた。

 隣を歩く王子の存在が、やけに近い。

 廊下ですれ違う生徒たちが、皆こちらを振り返る。

 囁き声が背中に刺さった。


「本当に一緒だ……」

「殿下、自ら誘ったらしいぞ」

「セリーヌ嬢を?」


 そのどれもが、シルビアの心を冷たく締めつける。


 図書室の重厚な扉が開く。

 中は静まり返っていた。


 昼休みのため利用者は少なく、紙をめくる音だけが遠くで響いている。

 窓際の閲覧席へ向かうレオンハルトの背を見ながら、シルビアは内心で唇を噛んだ。

 どうしてここまで強引なのか。

 一昨日までは、ただ違和感を向けてくるだけだったはずなのに。

 彼の変化が、怖い。

 レオンハルトが席を引く。


「どうぞ」

「……ありがとうございます」


 シルビアは静かに腰を下ろした。

 そして、自然な動作でレオンハルトが隣に座る。

 それに気づいた瞬間、身体が強張った。


「向かいが空いておりますわ」

「隣の方が見やすい」


 さらりと返され、言葉に詰まった。

 レオンハルトは課題の書物を開き、ごく自然な顔でページをめくった。


「この問題、どこまで進んでる?」

「……一通りは」

「なら、一緒に確認しよう」


 横から覗き込まれる。

 肩が触れそうなほど近い。


 インクと紙の匂いに混じって、ほのかに彼の香りがする。

 その距離感に、シルビアは息を潜めた。


 落ち着いて。

 昨日のような失態は犯さない。

 セリーヌとして振る舞わなければ。


「この程度、確認するまでもありませんわ」


 いつものように高慢に言い放つ。

 だがレオンハルトは気を悪くするどころか、くすりと笑った。


「そういう言い方をする時の君は、だいたい動揺してる」


 心臓が跳ねる。


「……何を根拠に」

「分かるよ」


 穏やかな声だった。

 けれど、妙に確信めいていて逃げ場を奪う。

 シルビアは視線を逸らし、問題集へ目を落とした。

 そこからは、作業のように解答に目を走らせる。

 しばらく没頭していると、間違っている箇所を見つけた。

 そこを指そうとして、二人の指先が重なった。


「っ」


 驚いて反射的に手を引いた。


「そんなに避けなくても」


 くすくすと笑いながら、レオンハルトは目を細めた。


「そんなに嫌だった?」

「当たり前ですわ」

「そう、即答されると傷つくな。だけど、覚えていて。僕は拒絶されるほど知りたくなるみたいだ」


 その言葉に、シルビアの血の気が引く。

 この人は、止まらない。

 そんな時、昼休みが終わる予鈴が鳴り響く。

 それは救いの音だった。

 静まり返っていた図書室に、椅子を引く音がいくつか重なった。


 ようやく解放される。

 そう思った瞬間だった。


「――殿下」


 鋭い声が、静寂を裂いた。

 シルビアが顔を上げる。

 図書室の入り口に立っていたのは、エレノア・ブランシュだった。

 深い赤色の髪を揺らしながら、まっすぐこちらを見据えている。

 その琥珀色の瞳には、隠しきれない怒りが燃えていた。


「こんなところで何をなさっているのですか」


 周囲の生徒たちが息を呑む。

 ただならぬ空気を察したのだろう。

 けれど、レオンハルトは眉ひとつ動かさない。


「見ての通り、課題だよ」

「アルヴェール公爵令嬢と?」


 その声音には、露骨な棘があった。

 エレノアの視線が突き刺さる。

 まるで、存在そのものを否定するような強い敵意。


「何か問題でもありまして?」


 シルビアはセリーヌの仮面を崩さぬまま、冷ややかに返した。

 その瞬間、エレノアの表情が歪む。


「問題ですわ!」


 図書室に響くほどの声だった。


「殿下がどうしてあなたなんかに……!」

「やめろ、エレノア嬢」


 低い声が空気を切った。

 静かなのに、逆らえない圧がある。

 エレノアの動きが止まる。


「彼女に失礼だ」


 その一言に、図書室の空気が凍りついた。

 エレノアの顔から血の気が引く。


「……殿下」


 震える声。

 けれど、レオンハルトはただ、淡々と告げた。


「昨日の件もある。これ以上、彼女に無礼を働くな」


 庇われた。

 その事実に、シルビアの指先が強張る。

 エレノアは唇を震わせながら、シルビアを睨みつけた。

 その瞳に宿る憎悪は、昨日とは比べものにならないほど濃い。


「……覚えていなさい」


 絞り出すように言い残し、踵を返す。

 図書室を去っていく足音が遠ざかっても、張り詰めた空気は消えなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ