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人形劇  作者: あかさたな


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15/22

15. 歪なダンス

 



「来月の春季親睦会、最初の一曲を僕と踊ってくれないかな」


 その言葉が教室に響いた瞬間、空気が凍りついた。

 誰もが息を呑み、目を見開いている。


 殿下が、自ら。

 しかも、春季親睦会の最初の一曲を。


 それがどれほど特別な意味を持つか、この場にいる誰もが知っていた。

 春季親睦会の幕開けを飾る最初の一曲。

 それは、その夜もっとも注目される組み合わせだった。

 婚約者候補、あるいは王族が特別に認めた相手にのみ許される、社交界の象徴。

 そんなものを、なぜ。


 シルビアの指先が小さく震える。

 周囲の視線が、一斉に突き刺さった。


 驚愕。

 嫉妬。

 困惑。


 その中でも、ミレイユの強張った表情がはっきりと見えた。


 断らなければ。

 そう思う。


 けれど、王子からの正式な申し出を人前で退けるなど、許されるはずがない。

 それは無礼どころでは済まない。


 シルビアはぎゅっと拳を握りしめた。


「……光栄ですわ、殿下」


 完璧な微笑みを浮かべ、優雅に礼をする。


「お受けいたします」


 教室がざわめきに包まれた。

 その喧騒の中で、レオンハルトは静かに彼女を見つめていた。

 まるで、その返答を予想していたかのように。


「ありがとう」


 穏やかな声で言った。

 そしてシルビアにだけ聞こえるほどの小さな声で、囁いた。


「……君は、断らないんだね」


 心臓が、強く跳ねた。

 顔を上げる。

 だが彼はすでに歩き出していて、その横顔は読めなかった。



 ***



 放課後、シルビアはまっすぐ公爵夫人の私室へ向かった。

 重たい扉を開けた瞬間、甘い花の香りが鼻をつく。

 柔らかなソファに座った公爵夫人は、ワインを口につけて笑みを浮かべた。


「何かあったのね」


 その一言に、シルビアの背筋が強張る。


「……殿下から、春季親睦会の最初の一曲にお誘いを受けました」


 くすくす、と鈴を転がすような笑い声が響く。

 やがてそれは、抑えきれぬ歓喜へと変わる。


「まあ……!」


 公爵夫人が振り返る。

 その青い瞳は恍惚に潤んでいた。


「なんて素晴らしいのかしら」


 シルビアは目を伏せた。

 怒られると思っていた。

 早すぎる、と責められると思っていた。

 けれど違った。

 公爵夫人は陶酔したように頬を染め、うっとりと呟く。


「ここまで順調だなんて」


 その言葉に、疑問が浮かぶ。


 順調……?

 本当に……?


「春季親睦会は絶好の舞台よ。そこで、殿下に決定的な違和感を刻みつけるの。その夜、あなたは殿下に恥をかかせるのよ」


 シルビアの呼吸が止まった。


「……え」


 公爵夫人は優雅に扇を閉じる。


「踊りの終盤、ターンの瞬間にほんのわずか体重を預けなさい」


 青い瞳が妖しく細められる。


「殿下を一歩、よろめかせるのよ」


 シルビアは目を見開いた。


 ダンスにおいて、リードするのは男性側。

 その均衡が崩れれば、一瞬でも大きく目立つ。


 しかも春季親睦会の最初の一曲。

 会場中の視線が注がれる舞台だ。


「そんな……」


 思わず漏れた声に、公爵夫人の微笑が深まる。


「転ばせる必要はないわ。ほんの僅かでいいの。周囲には、よくある小さな乱れにしか見えないわ。けれど殿下だけは違和感を覚える」


 ぞくり、と背筋が震える。


「完璧なダンスを踊っている令嬢が、なぜあの瞬間だけ――とね」


 そして耳元で囁く。


「疑惑と屈辱は、深く心に残るものよ。それが積み重なり、嫌悪へ変わる」


 まるで確信しているかのような声音。


「これが、わたくしの脚本よ」


 その瞳には、狂気じみた信奉だけが宿っていた。



 ***



 鏡の部屋で、シルビアは何度もダンスの足運びを繰り返していた。


 一歩。

 二歩。

 三歩。


 そしてターンの瞬間、ほんの僅かに重心を崩す。


「違う。不自然すぎるわ」


 やり直し。


「まだ大きい」


 やり直し。


 何度も。

 何度も。


 足がもつれそうになっても、許されない。


「自然に見えなければ意味がないの。殿下にだけ、わざとだと気づかせる。それがあなたの役目」


 シルビアは唇を噛みしめた。

 どうして、そこまでして嫌われなければならないのか。

 問いは喉元まで込み上げる。

 けれど、口にすることはできなかった。


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