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人形劇  作者: あかさたな


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12/27

12. 脚本

 



 温室を出たあとも、シルビアの足取りはひどく重かった。

 レオンハルトの別れ際の言葉が、耳から離れない。

 まるで、仮面の奥を覗き込まれたようだった。

 廊下を歩きながらも、胸の奥がざわつき続ける。


 もし、見抜かれたのだとしたら。

 もし、そのことが公爵夫人の耳に入れば――。


 その想像だけで、指先が冷たくなった。



 ***



 屋敷へ戻るなり、侍女が恭しく頭を下げた。


「公爵夫人がお呼びです」


 その一言で、シルビアの身体が強張る。

 やはり、知られている。

 逃げたい衝動を押し殺しながら、シルビアは夫人の私室へ向かった。


 重たい扉を開ける。

 甘い花の香りが、濃く鼻をついた。


 薄暗い室内。

 深紅のカーテン。

 窓辺に立つ公爵夫人の輪郭が、夕陽に赤く染まっている。


「いらっしゃい、セリーヌ」


 その声音は、ひどく穏やかだった。

 それがかえって恐ろしい。


「本日のご報告を」


 シルビアは静かに頭を下げる。


「……昼休みに、殿下と温室でお話を」


 そこまで言った瞬間。

 ぱん、と軽やかな音が響いた。

 公爵夫人が歓喜に満ちた顔で手を叩いたのだ。


「まあ、素晴らしいわ」


 叱責を覚悟していたシルビアは、思わず目を見開いた。


「まさか、こんなにも早く個人的に誘われるなんて」


 青い瞳がうっとりと細められる。


「さすがわたくしの最高傑作」


 違う。

 そう言いたかった。

 レオンハルトは惹かれていたわけではない。

 疑っていただけだ。

 けれど、その言葉を飲み込む。

 否定すれば、失望されるかもしれない。

 その恐怖が喉を塞いだ。


「何を話したの?」


 でも、すぐに考え直す。

 隠しても、いずれ見抜かれる。

 それなら、今ここで告げてしまった方が楽だった。


「……わたしが、誰かを演じているように見えると」


 一瞬の沈黙の後、公爵夫人はくすりと笑った。


「当然ね」


 シルビアは息を呑む。

 公爵夫人はゆっくりと歩み寄り、その冷たい指先でシルビアの頬を撫でた。


「まだ足りないもの」

「……足りない?」

「ええ」


 青い瞳が妖しく光る。


「殿下に好かれてはだめ」


 その言葉に、シルビアは目を瞬かせた。


「原作の王子は、セリーヌを嫌悪していなければならないの」


 恍惚とした声音で続ける。


「美しい。気になる。けれど、不快。近づけば近づくほど、嫌悪を覚える」


 ぞくり、と背筋が震えた。


「それがセリーヌよ」


 公爵夫人は微笑む。


「誰にも愛されず、誰にも惜しまれず、物語から退場するの」


 その言葉は呪いのようだった。



 ***



 その日から、指導は変わった。

 鏡の部屋で無数の自分に囲まれながら、シルビアは何度も同じ動作を繰り返す。


「違う」


 公爵夫人の冷たい声。


「その微笑みでは相手は不快にはならないわ」


 やり直し。


「視線が短いわ」


 やり直し。


「もっと長く。相手が居心地の悪さを覚えるまで」


 やり直し。


 いくらセリーヌになろうとしているとはいえ、相手を不快にさせるための仕草なんて覚えたくなかった。

 けれど、逆らえない。


「いいこと?」


 鏡越しに、公爵夫人が囁く。


「相手に『なぜだろう』と思わせるの。好意ではなく、違和感を。愛ではなく、嫌悪を」


 耳元で、公爵夫人が甘く囁いた。


「それが、わたくしの脚本」


 シルビアは小さく震えた。



 ***



 翌日の昼休みの廊下。

 レオンハルトが向こうから歩いてきた。

 蒼い瞳がこちらを捉える。

 昨日までなら、自然に微笑んでいただろう。


 けれど……。


 ――もっと長く。


 公爵夫人の声が蘇る。

 シルビアは立ち止まり、ゆっくりと彼を見つめた。

 ほんのりと唇を持ち上げる。


 柔らかすぎず。

 冷たすぎず。


 ただ、じっと、意味ありげに。

 沈黙が流れる。


 一秒。

 二秒。

 じわじわと沈黙が伸びていく。


 レオンハルトの表情がわずかに曇った。

 それを見届けて、シルビアは視線を逸らし、何事もなかったように歩き去る。

 背後から、微かな気配。

 振り返らなくても分かった。

 彼が立ち止まり、自分を見ている。

 困惑したまま。



 ***



 その夜、公爵夫人は報告を聞くと、満足そうに目を細めた。


「ええ、それでいいわ」


 うっとりと頬に手を添える。


「少しずつ、違和感を植えつけていくの」


 青い瞳が恍惚に揺れる。


「殿下はあなたを気にしながらも、決して愛せない。そして、やがて現れる運命の乙女に、心を奪われる」


 その未来を疑っていない声音。

 シルビアは静かに目を伏せた。


「……はい」


 けれど胸の奥には、説明のつかないざわめきが残っていた。

 今日のレオンハルトの表情。

 あれは、本当に嫌悪だったのだろうか。


 困惑。

 戸惑い。


 それとも――。


 寝台に横たわっても、なかなか眠れなかった。

 目を閉じるたび、蒼い瞳が浮かぶ。

 まっすぐに、自分を見つめる瞳。

 あの視線が、怖い。

 見抜かれそうで。

 暴かれそうで。

 それなのに、ほんの少しだけ、誰かに本当の自分を見つけてもらいたいと願ってしまった。

 その考えに気づいた瞬間、シルビアは強く目を閉じた。

 そんなこと、許されるはずがない。

 これは、すべて脚本通り。

 そう、自分に言い聞かせながら。

 眠れぬ夜だけが、静かに更けていった。




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