#008 ジェフリーとナイショ話
「落ちても元々でアカデミーの試験を受けたい?メリッサがそんなことを言うとは驚きだ。そうだな、もしも入学できる事になれば皇太子殿下も通っているから親睦を深めなさい。」
月に一度の家族の晩餐らしい食事の席で公爵が私に言った。
公爵は笑顔こそ見せないものの「できる限り頑張りなさい。」と機嫌よく食事を終えて部屋に戻っていった。
「はぁ~緊張した!」
実は晩餐が始まる前に、「食事のマナーが下手だと罰せられるのでは?」と兄に不参加の相談をしたら
「父上は食事中に攻撃的になることはないから安心しなさい。」と言って参加を勧めてくれた。本当にご機嫌なようすのまま恙なく食事を終えたので参加しておいてよかった。
兄は父親の手伝いをしているだけあって慣れている。そういえば父と兄妹だけで公爵夫人はいないんだね。
緊張の食事が終わると兄が部屋までエスコートしてくれた。
「本当のことを言うと緊張しすぎて食べ物が喉を通りませんでしたわ。手がふるえてしまっていましたし。」
「今後の事も話さなくてはいけないから部屋に軽食とお茶を用意してもらおう。少しお邪魔してもいいか?」
「もちろんですわお兄さま。」
兄の指示でメイドがハイティーのような軽くつまめる小さなサンドウィッチとタルトを用意してくれた。
お腹がすいていても緊張しすぎて食べられない事があるなんて!。初めての経験だ。
「メリッサ、父上はお前がアカデミーに受かるとは思っていないようだ。だが、私は合格できると思っている。大きなマナをもって生まれた場合、覚醒するまでの間 自分のマナに酔ってぼーっとしたりヒステリーを起こしたり・・・という事もあるらしい。お前は事故の時 自分自身を無意識に治療したことをきっかけに覚醒したのではないかと思う。人の心が読めたり、一度受けただけの治癒魔法をできるようになるというのはおそらくスキャンの能力の最上位だろう。そのことは父上だけには伝えたほうがいいかもしれないがどうする?」
兄が人払いしたにもかかわらず小声で私に伺いを立てる。うーん、どうなんだろう。正直この世界の能力にどんな種類があるかわからないし、使いようもわからない。公爵に話して戦力的な何かに利用されるのは絶対に嫌だ。平成に生まれ育った私は血を見るのも人の生き死にを見るのも絶対に無理なので、戦場なんかに送られた日にはショック死できる。公爵の人となりもよくわからないし。
「お兄さま、本当のことを言うと私はお父さまの事をよく知らないのです。そのスキャンの能力と言うのもこれがそうなのかな?くらいの感覚です。お兄さまは伝えるべきだと思いますか?戦略的な事に使われるのは本当に嫌なんです。」
「そうだな、父上はお前の事は大事にしていると思う。だから正直に戦略的な事に使われたくないとお話しすればいいのではないか?もしも言わないでいてバレたら、それはそれで怖いだろう?」
たしかに!大事にされた覚えはないし、政略結婚の駒として殺されはしないだろうけど心底怖いとは思う。
「ではお兄さまにお任せいたしますわ。覚醒が云々というのもわたくしには解りませんから。」
「ここからが本題だけど・・・父上はお前を公爵夫人から遠ざけたいと思っている。だからアカデミーに受かってくれたら寮に入れたいとお考えだ。影を使って調べた結果、公爵夫人がお前の馬の鞍に細工をした可能性が高いという話だ。だが証拠はないし、証拠が見つかったところで今すぐにどうこうするつもりもないらしいけどな。」
公爵夫人の事はメリッサの記憶にもほとんどなかった。ぼーっとして何も考えることもなく、時々ヒステリーを起こして体罰をされていたようだ。
「お兄さま、お母さまではく公爵夫人という呼び方なのはどうしてですの?あの方はどういう方なのでしょうか?」
「私たちの母上の事は覚えているか?」
「わたくしが10歳の頃に亡くなったお母さまですか?残念ながらあまり覚えていないですわ。」
メリッサの小さい頃の記憶を探ってみてもほとんど母親の記憶はなかった。
「母は病気で亡くなった。という事になっているが、私は呪いの類ではないかと思っている。黒い魔法ってやつだ。だが、これはあくまでも私の考えで父上は肯定なさらない。」
黒い魔法?!ごめんなさい。この身体の母親の事なのに実際は知らない方なのでコメントがわからない。兄は身を乗り出してさらに声を落とす。
「母上が亡くなってすぐに後妻に名乗りをあげたのが今の公爵夫人、マティルダなんだ。彼女は皇帝の従妹で父上とは幼馴染だった。小さい頃から仲が良く将来は結婚するだろうと言われていたらしいが、父上がアカデミーで出会った母上に一目ぼれして結婚してしまった。これは私の推測に過ぎないがマティルダはずっと父上の事を想っていたのではないかと思う。」
公爵が恋愛結婚?!想像つかないよ!結婚した頃は怖い人じゃなかったのかな・・・
「お母さまは彼女に意地悪されたり攻撃されたりしていましたの?」
「いいや、表向きは祝福していた。だが・・・マティルダの父親は皇帝の弟だが、母親はドラクレシュティ家という黒魔術を研究していた家門の末裔なんだ。当然今は黒魔術は禁止されているけれど、不思議ではないか?母上はお前が生まれて間もなく原因不明の奇病で寝たきりになってしまったんだぞ?」
「お兄さまはもしかして、わたくしが公爵夫人の考えをスキャンできるように近づけと仰りたいのですか?」
「いや、そんな危ないことはしなくていい。お前を教育したいから自分に任せろと言いだした時には父上への点数稼ぎにかわいがる振りでもするのかと思っていた。実際、お前はすぐにヒステリーを起こす教育の難しい子供だったからな。だがお前の事故はマティルダのせいなんだろう?何を企んでいるのかわからない。父上もあの人のせいじゃないだろうと口では言っているが、本当はそう思っていないはずだ。小さい頃は仲が良かったらしいが今は疎んでいるのではないかと思う。その証拠に父上はマティルダと寝所をともにしたこともないのだからな。」
義務も果たしたくないほどお好きではないのだろうと兄は言い捨てるように言った。
なるほどわかってきた。公爵はたぶん愛する妻が誰かに害されたと感じていて、今回の私の事件をきっかけに兄と同じ考えに至っているのかもしれない。だから私の教育権をとり上げて自分の目の届く部屋に呼び寄せ、できればアカデミーの寮に入れたいと思ったのだろう。
「わかりましたお兄さま。わたくし絶対にアカデミーに合格して寮に入りますわ。」
「コルネリスにアカデミーに話を通すよう頼んである。明日一緒にアカデミーに向かおう。コルネリスが私たちの転移スクロールを持って迎えに来てくれるはずだ。試験に受かったらすぐに入寮できるよう支度を整えておきなさい。」
ジェフリーは私の部屋を見まわしてから、「それではおやすみ」と私の頭を軽くなでて出て行った。




