#040 【Sidestory】辺境伯城
帝国の北の外れにある辺境伯の古城。
尖塔の向こう側には国境を表す魔力で作られた柵とその間に国境門を表す高い柱が聳え立っているのが見える。
屋敷の入り口近くにある大きな魔法陣はひっきりなしに光を放ち次々と馬車が到着している。
この座標を表す数字が書かれている転移用の魔法陣は、皇帝が了承すればどこにでも設置できるけれど誰がいつ利用したか管理されている。そのため今日の様に大勢が利用する為には大義名分が必要なのだ。
今日は辺境伯のビスマルク・フォン・バーデンベルクの誕生日を祝う宴が催される。
ビスマルクはかつての英雄だが高齢で寝たきりになり会話も意思疎通もままならない状態だ。きっと自分の誕生日すらも忘れてしまっているだろう。
つまり宴はフェイク。
招待客たちはこの城の大ホールではなく地下にある防音の施された会議室へと入っていく。
会議室とはいえ大きなテーブルには豪華な晩餐の用意がしてあり先に到着した者たちは思い思いに食前酒を楽しんでいる。
「ノルディーン侯爵、イゾルデ令嬢がオーヴェル家の者を拉致したというのは本当ですか?」
「あぁ。次期公爵のジェフリーをこの城に監禁している。」
「まだ生かしているのですか?」
「当然だ。彼は私の娘であるイゾルデの友人なのだ。話によってはこちら側に引き入れられるかもしれないので客間を与え丁重におもてなし中だ。オーヴェルをこちら側に引き入れられればあの一族を始末せずにすむだろう?」
「まぁ確かに。あの一族は剣にオーラが纏える者が多く輩出されているからな。現公爵も小侯爵もソードマスターなのだろう?」
食前酒を飲みながらの歓談で騒ついていた部屋が、1人の男の入室によってシンと静まり返った。
この男は辺境伯の婚外子だが、辺境伯の唯一の嫡男が謎の死を遂げたため庶子であるにも拘らずこの城の主のように振る舞っている。
「皆このような北のはずれにお越しいただき感謝する。まずは食事をしながら我々の今後について話し合おう。」
男は背中に流した長い黒髪を銀の細工の髪留めで無造作に束ね、黒いローブを身に纏っている。
「マイロード。今日は本来の黒髪でいらっしゃるのですね。やはりその方が似合っていらっしゃる。」
一番上座に座っていた中年の貴族がこの城の主にゴマをするように笑いながら話しかける。」
「あぁ。黒髪は威圧的になるからな。」
「マイロード。黒髪といえばオーヴェル小公爵を拉致されていると伺っていますがどうなさるおつもりですか?」
別の貴族が薄笑みを浮かべながら問いかけた。
「それについては意見が分かれているので今日話し合うつもりだ。」
「マイロード。オーヴェルに嫁がせたマティルダからの連絡が途絶えました。皇后もアカデミーに乗り込み勝手な行動をしたようです。」
「あぁ。皇后は皆も知っての通り影武者が3人いる。アカデミーに乗り込んだ者は正規の転移ルートを通らず皇帝に不信感を与えたようだ。あの者は頭も悪く自己顕示欲が強すぎるため既に処分した。マティルダも軽率で扱いづらいので何か問題を起こしていても放置で構わないだろう。むしろ何かしようとする方がリスキーだ。」
「では皇后はあと二人、マティルダは放置という事で宜しいでしょうか?」
年嵩の貴族が集まっている他の貴族たちに念を押すように話すと、全員が深く頷いた。
「マイロード、我が娘イゾルデがオーヴェル小公爵の拉致に成功しました。アカデミー時代から二人には信頼関係が生まれていましたので我が娘にこのまま世話をさせていただければオーヴェル小公爵もうまく洗脳できるかと・・・」
「信頼関係だと?小公爵をここに連れてきた時には転移用の移動スクロールを身体のあちこちに隠し持っていたぞ?あの男を甘く見るな。娘の方もだ!」
「娘?」
「オーヴェル令嬢ってあの頭が悪くて性格が悪いと有名な?」
「だが皇太子と婚約をしたのではなかったか?」
「たしかマティルダが公爵家の別棟に軟禁していたはずだぞ?」
集まった貴族たちがザワザワし始めると、この城の主が眉間に皺をよせて一喝する。
「いつの情報を話しているのだ!それでは頭が悪いと処分された皇后の影武者よりも劣っているぞ!」
「申し訳ありません!」
処分された皇后よりも劣っていると言い捨てられて全員蒼白な顔になる。
「あの娘はここにいる誰よりも頭脳明晰で、誰よりも魔力が高い。侮るな!本来ならばオーヴェルの息子よりも娘を拉致したほうがよかったな。どうやらあの娘のせいでオーヴェル公爵の毒殺も失敗したらしい。どうだ?あの娘を拉致してこられるものはいないのか?」
招待された貴族たちはみな蒼白な顔のまま下を向いていて眼だけキョロキョロしている。
「ふん。使えないな。」
この城の主は食事の手をとめてしまった招待客たちを冷めた目で眺めながら葡萄酒のグラスをくるくると弄び一気に飲み干した。
「ならばいい。私が直々に手にかけてやろう。」
飲み干したゴブレットに次の酒を注ぎ入れる給仕の手が震えているのを見ながら辺境伯城の主が楽しそうに呟く。
「私が直々に手にかけてやるから、待っていろよ姫君!」




